2009年11月30日

あとがき・参考文献一覧

 「銀行めぐ2008秋 札幌市内4行4店舗完全制覇」、11月29日をもって完結いたしました。最後までお読みいただいた方には、例によってダラダラと続いた連載にお付き合いいただき、御礼申し上げます。
 後半の「4行4店舗」については、あとがき等も含めた分量が最終的に45枚弱(400字詰原稿用紙換算)でした。前半の「茨城→北海道」も合わせると、130枚程度(同)となります。

 今回の北海道行きから体験記の発表まで1年と少し。この間に社会の状況は大きく変わりました。もともと海運業界は、長期的には低落傾向を続けてきましたが、それでも、商船三井フェリーの「パシフィック・ストーリー」など各社の需要喚起策が奏功していたケースもありました。それが、景気対策としての高速料金値下げで、競争力が低下した海運企業はどこも青息吐息となり、瀬戸内海などでは倒産に追い込まれる船会社も出てきました。高速道路については、民主党はさらに「無料化」を謳いますが、やるならやるで高速道路以外の公共交通にも同時に金をかけて助成しないと、自動車以外の移動手段が衰退ないし消滅してしまいます。自動車は本質的には「ブルジョアの乗り物」ですから、そうなったら「貧乏人は移動するな」ということにもなります。かつて流行ったイヤな言葉を使いますが、「勝ち組」と呼ばれる人の生活は、「負け組」と呼ばれる人の生活が不安定になってくると、徐々に掘り崩されてきます。それが臨界点を越えた時、日本はおしまいとなるのでしょう。
 明るい(?)話題も出しておきましょう。本連載に合わせたかのように、大洗を舞台とした映画『大洗にも星はふるなり』が公開されました。大洗は、映画にもあるとおり(見ていませんので推定ですが)海水浴場のあるリゾート地でもあります。私が書いた以外の大洗が知りたい方は、映画など見てみるのも良いかもしれません。また、長距離フェリーでいうと、本連載と同じ時期に、殺人容疑者の逮捕と転覆事故とが(名前は伏せますが)同一会社で立て続けに起こったのも、記憶に新しいところです。

 さまざまな思いが去来しますが、2つの連載はこれにて終了します。この連載を数年後に読み返して「古い」と感じられることがあるかもしれませんが、あくまで 2008年9〜10月の実体験と、その後の連載期間における「一面の真実」です。そういうものだと思ってお読みいただくことを望みます。
 この連載のような「文章を使っての自己主張」が、私の生き甲斐です。今後ともご支援・ご鞭撻をいただけますようお願いします。ご意見や情報提供をお待ちしています。このブログ「MEGU」は、コメント・トラックバックを歓迎していますし、私のメールアドレスも公表しています。

 なお、今回の2つの連載では、データ整理にあたって、知人であった本間大光氏の協力を得ました。約束ですので、ここに記します。

 この連載の執筆にあたっては、以下のような書籍・webサイト等を参照いたしました。

参考文献一覧
紙媒体は発行年順、webサイトは本文掲載順(2009.11.15現在)
  『牧野頭取講演全集』不動貯金銀行、1930年
  『第四銀行百年史』第四銀行、1974年
  『日本債券信用銀行三十年史』日本債券信用銀行、1993年
  『埼玉銀行通史』あさひ銀行、1993年
  『協和銀行通史』あさひ銀行、1996年
  『大和銀行八十年史』大和銀行、1999年
  北海道新聞取材班『実録・老舗百貨店凋落』講談社、2006年
  『日本金融名鑑』日本金融通信社、各年版

  「全国・海外 船の旅情報」『日刊海事通信社』http://www.fune.co.jp/index.html
  『日本長距離フェリー協会』http://www.jlc-ferry.jp/index.html
  「旅客サービス」『商船三井フェリー』http://www.sunflower.co.jp/ferry/index.shtml
  『にっぽんフェリー船旅ガイド』http://homepage2.nifty.com/capt-wan/index.htm
  「水曜どうでしょう official website」『北海道テレビ放送』http://www.htb.co.jp/suidou/index.html
  フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

2009年11月29日

2008.10.02(木)(7)エピローグ さらば愛しき北海道

 ちょうど正午過ぎである。あとは、昼飯を食いつつ観光地に1か所くらい寄って、札幌15:25発の「エアポート快速」で苫小牧に向かうだけだ。1泊してはいるものの、非常に滞在時間の短い、慌ただしい旅であった。
 みち銀の支店がある南2条通りから1本南へ。東西に走る有名な商店街の1つ「狸小路」にやって来た。狸小路は札幌随一の繁華街・ススキノのそばにあるが、この時間人通りはさほどでもなかった。とはいえ、よその都市でいうと夕方になって人が町に繰り出し始めた程度の人通りで、逆に言うと札幌だからこの時間帯でもこれだけ人通りがあるのかもしれない。アーケード街の両側に商店が並んでいるが、シャッターが閉まったところも、鉄板で覆われたところもある。また、狸小路通りには何といってもJRAの場外馬券売り場「ウインズ札幌」があり、競馬をやる人には(札幌に来たら必ずここに来るという意味で)聖地かもしれない。
 ススキノの交差点までやってきた。角にはニッカやキリンといった洋酒会社の広告が出ているビルがある。キリンの広告のところに温度計があって、15℃を示していた。同じ時期の東京と比べて5度ほど低いが、特に寒さは感じなかった。

 ぼんやりしてはいられない。次に行くなら、行くことを考えないと。
 今回北海道行きを思い立ったのは「紅葉狩り」がしたいためだった。ススキノから南に向かってフラフラ歩いていると、有名な公園である中島公園に着く。ここは昨日地下鉄の駅でもらった観光パンフレットに「紅葉の名所」と書いてあった気がするが、公園の樹木は葉が何となく黄色味を帯びてきた程度で、とにかく真緑であった。とてもではないが紅葉狩りにならないので、とりあえず真駒内(まこまない)まで行ってみよう。札幌の奥座敷・定山渓(じょうざんけい)温泉に向かう途中にある公園都市のようなところで、1972年に行われた冬季オリンピックの中心地でもあった。
 地下鉄中島公園駅から、南北線の真駒内行きに乗る。着いてみると、市内よりはちょっとだけ紅葉が進んでいて、この駅から見える公園の木々は少しだけ赤い葉が見えている感じだった。でもやっぱり、紅葉の見ごろにはまだまだ早い。この時期に紅葉を楽しもうと思ったら定山渓あたりまで行かないと無理だろうが、もちろん今から行っている暇はない。今回の北海道遠征は滞在時間よりも往復にかかる時間の方が長くて、「銀行めぐ」以外はまったくお話にならなかった。今度はしっかり事前にリサーチして、観光を主目的として北海道に来たいと思う。果たしていつになることやら。

 地下鉄で札幌駅に戻ってきた。15:17発の千歳線普通列車、苫小牧行きに乗る。どうせ乗るならリクライニングシートの特急型車両に乗りたいと思っていたのだが、当初予定していた25分発の快速が一般型車両使用だとわかってしまったので、どっちみち北広島でこの電車に接続するから、乗り換えの手間が省ける各駅停車にしたのである。苫小牧には16:24に到着。駅前のバスターミナルからフェリーターミナル行きの苫小牧市営バスに乗るが、発車時刻は16:59で少々の時間待ちを強いられた。あとで知ったが、札幌から昨日乗ったのと同じ北海道中央バスで来ると、札幌発が1時間遅くなって、もう少し有効に時間が使えたようだ。
 苫小牧フェリーターミナルを18:45に出航。往路と異なり、帰りの船内ではやり残した仕事を黙々と実行でき、結局今回の道中では当初予定の半分程度を片づけることができた。翌日14:00、ほぼ定時に大洗フェリーターミナル到着。14:10発の大洗町営循環バスにどうにか乗れて、大洗駅から鹿島臨海鉄道で水戸へ。常磐線の上野行き普通列車に乗り、友部で水戸線の小山行きに乗り換え、さらに小山で両毛線の高崎行き普通に乗り継いで、最終目的地である前橋市の実家には夜の8時前にたどり着いたのであった。

<銀行めぐ2008秋 札幌市内4行4店舗完全制覇 完>

2009年11月28日

2008.10.02(木)(6)みちのく銀行

 1本南に下がった南2条西8丁目の交差点で、東の方角にみちのく銀行の看板を発見した。東西の通りは南2条通りが正解で、西8丁目まで来たら行き過ぎだったということだ。
 南2条通りを東に向かう。この道は4車線道路なのだが、アバウトなセンターラインの引き方がしてあって、中央のセンターラインが破線になっている。一応考え方としては片側2車線の4車線道路だと思うが、対向車さえいなければ、3車線目にはみ出しても構わないのだろう。それとも、大阪の御堂筋のように一方通行なのか。
 前方にはアパホテルが見える。このあたりは個人商店などもみられる地域だが、ススキノと大通との間ゆえ、ほとんどがビルに建て替えられて、民家らしきものはほとんど見えない。札幌市内をここまで歩いてきて気がついたが、ススキノの近所に民家はないのだろうか。東京だと、例えば新宿などの大繁華街でも、路地を1本ちょっと入ると住宅が並んでいるブロックがあったりする。札幌ではそういう地区を今のところ見ていない。建物形態や構造が首都圏と違うから分からないのか、それとも本当に人が住んでいないのか。個人商店でも、首都圏でよく見かける住居兼店舗というのはほとんどないようだ。あとは雑居ビルばかりで、一戸建ての住居というものは存在していないように見える。しかし、近所には小学校もあるようだし、民家がないハズはないと思うのだが。
 ようやく、みちのく銀行札幌支店に到着した。建物は古き良き時代の銀行のスタイルそのまま残した設計で、新しくても昭和50年頃までの建築だろう。キャッシュコーナーが支店の窓口とほぼ完全に切り離され、細い通路だけでつながっている。古い設計思想というより、ATMのはしりの時期に「キャッシュコーナー」というものが導入された当初のスタイルのまま残っている。この支店のATMは2台あって、メーカー混成である。左側に日立の機械が入っているが、型番などは知らない。似た機械をかつて東海銀行あたりで見た気がする。そして右側にはオムロンIXが入っている。今となっては日立とオムロンは(ATMメーカーとしては)1つの会社だが、ここに並んでいるのは経営統合前の2つのメーカーの製品である。
 この時間の窓口は閑散としていた。客も1人か2人しかいないし、のどかである。窓口カウンターそばに両替機が1台置いてあった。12:02、みちのく銀行札幌支店を制覇した。
 みちのく銀行札幌支店は、弘前相互銀行(本店青森県弘前市)の札幌支店として、現在地に1963年6月開設された。弘前相銀は、青森市に本店を置く地方銀行だった青和銀行と1976年10月に合併し、みちのく銀行(地方銀行)となった。みちのく銀には2006年11月まで札幌西支店(西区二十四軒一条)もあったが、札幌支店に統合されている。

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2009年11月27日

2008.10.02(木)(5)札幌のウォール街と信金銀座を抜けて

 次の目標は、みちのく銀行(本店青森市)の札幌支店である。これをもって、札幌の銀行めぐりは全て終了ということになる。
 大通公園では、花壇に花が咲き乱れているし、噴水が吹いている。良いお天気だし、ここで座ってお弁当というのをしてみたいと少し思った。テレビ塔の時計は11:25を指していた。
 駅前通りと大通との北東角、建て替え中の北洋銀行大通支店(旧北海道拓殖銀行本店)は、既に解体も終わり、鉄板で覆われた更地の状態になっている。大通の南側に面したところに北洋銀行の本店。建物は昨日地下の写真案内板で見た旧北洋相互銀行の本店そのままである。その隣が北陸銀行札幌支店で、歴史的建築ではないけれども結構変わった建物だったと思う。北に目を転じると、拓銀本店跡地の向かい側が秋田銀行の札幌支店。秋銀は札幌銀行街の中枢、極めて重要な交差点の角を占めている。また、この「札幌秋銀ビル」には、札幌土産の定番「白い恋人」の製造元・石屋製菓がオフィスを構えているという。北には東京スター銀行の看板が見える。東京スターの向かい側がりそなである。
 秋田銀の前まで来ると、3つの銀行の本店が大通の南側に並んでいるのが見える。北洋銀行が駅前通りの左(東)側にあって、右を見ると駅前通りの西側に北海道銀行と札幌銀行が隣り合っている。1964年竣工の道銀ビルは駅前通りと大通の南西角、大通公園をはさんで拓銀本店跡の対面にあたる場所である。道銀本店と札銀本店はビルの高さがほぼ同じで、両者の屋上は鉄板の渡り廊下(のようなもの)でつながっている。ここを行き来する必要性が果たしてあるのか不思議だ。
 道銀の隣に、札幌銀本店の新大通ビル(1979年竣工)というのがある。このビル1棟全部が札銀本店というわけではなく、テナント入居だろう。本店営業部のATMは見える部分には1台だけだが、別に地下キャッシュコーナーがあるようだ。札幌銀は2週間後に北洋銀と合併し、合併と同時にシステム統合もするので、札銀の通帳が使えるのもあと10日ほどである。本店営業部は北洋銀の札幌営業部となり、従って「本店営業部」ではなくなってしまう。看板類は既に「北洋銀行」というロゴを用意した上に「札幌銀行」のシールが貼ってある。合併10日前の店内は棚ががらんどうになっていて、書類などを随分と整理したようだ。

 さて、札銀本店から南に歩みを進めると、路面電車が東西に走る通りに出た。南一条通りである。数日前に地図を見た際、みちのく銀行札幌支店は、駅前通りから札幌信金のある角を右に曲がってまっすぐ行った先にあったと記憶しているが、その道が確か、ススキノの北側を東西に走るこの電車通りだったと思う。札幌の市電は駅前通りに面した西四丁目の電停を起点に西に進み、南にぐるっと回ってからすすきの(電停名はひらがな)まで行く。ここからススキノまで路面電車1本で行けることになるが、相当に遠回りだからよほどヒマな人以外はやらないだろう(と言いつつ私は過去にやったことがあるが)。道はここで間違いないと思う。仙台の七十七銀行の札幌支店があるが、それが地図に出ていたのを覚えている。この電車通りを西の方へ向かって行けば右側にあるハズだ。この時点での記憶では。
 札幌駅から大通まで10階建てぐらいのビルがずっと続いていたが、そこを過ぎるとビルの高さが少し下がり、オフィスビル中心から雑多な業種の入っているビルに変わってくる。電車通り沿いは、メインストリートからちょっと外れているせいか、雑居ビルが主体である。時間的なものもあるだろうが、交通量はさほど多くない。そこに、路面電車が時たまやってくる。道路を渡ろうとしたが、車の流れが微妙に切れず、車が切れたら電車が来て、という感じだった。軌道の両側にセンターラインが引いてあるから、札幌では軌道に車は乗り入れてはいけないのだろう。
 南1条通りのあたりは、道内信金の札幌支店が集中している信用金庫の銀座である。電車通りの南側を札幌の繁華街「狸小路」が東西に走っているから、信金や信組は取引先として水商売が多いのかもしれない。西5丁目の交差点に来ると、見えるだけでも旭川信金、空知信金、北海信金と札幌支店がある。もうちょっと西へ行くと遠軽信金があり、ここに限り札幌中央支店という名前になっている。空知信金の隣にある北央信用組合は、支店の名前が見えるところに書かれていないが、本店営業部だろう。キャッシュコーナーに入ってみたが、ATM画面のところに「のぞき見防止シート」というのが貼ってあり、ギンギラギンに光っていて異様な感じがした。ATMの液晶パネルは最近では角度に応じて内容が見えなくなるものが一般的だから、こうしたシートを貼っているのは古いATMなのであろう。
 さらにこの先には道銀と北洋が見えるが、これらに今は用はない。肝心のみち銀が見つからないが、もう1本南の南2条通りだっただろうか。角に札幌ビューティーアート専門学校というのがある、西8丁目の角で左に曲がってみる。

2009年11月26日

2008.10.02(木)(4)りそな銀行は軽く趣向を変えて

 話を2日に戻して、まだ10時半である。札幌駅を出たのが10時少し過ぎだったから、まだ30分しか経っていない。駅前通りでは、札幌駅と大通との間に地下街でも作るらしくガリガリ工事をやっていて、道路上は鉄板(というかコンクリの板)で一面覆われている。こういう方法でやっているのは開削工法だろうが、札幌には地下の構造物がさほどないのだろう。大・北海道の「首都」札幌の市街地は、非常にコンパクトにまとまっている。
 さて、次はりそな銀行の札幌支店であるが、普通の制覇は昨日済ませたから、今日は少し趣向を変えてみよう。北2条の交差点にいて思い出したが、旧あさひ銀行の札幌北二条支店、つまり旧埼玉銀行の札幌支店というのはどこにあったのだろうか。急遽行ってみることにした。持参しているあさひ銀行の店舗一覧によると、所在地は「札幌市中央区北2条西2-15」ということで、駅前通りから1本東を走る南北の通りである。駅前通りを東へ渡り、北2条通りを歩く。
 地下鉄東豊線が地下を南北に走る、西2丁目の交差点まで来た。問題の場所はこの先だと思われるが、15番というのはどこだろう。日本旅行などが入っているあのビルだろうか。札幌の中心街は東京などと違い「x番地」という小さいカラープレートが建物についていないから、よくわからないのだ。
 郵便局を見つけた。ここならわかるだろうと思って窓口に入って聞いてみたが、ここでも、どのビルになるのか正確な場所はわからないという。入った郵便局は集配局ではなく、札幌北二条中局という旧無集配特定局だから、仕方がないかもしれない。郵便局の番地は「26」だそうだが、そこまで書かなくても郵便物は「西2丁目」までで届いてしまうそうだ。
 それでも何とか、該当の番地に所在するとみられるビルを探し出したが、候補は2棟あった。1階にタリーズコーヒーの入った白い外壁のビル「STビル」と、その北隣。どっちだろうか。大きなビルだけに、2つの番地にまたがって建てられている可能性もある。一応、両方のビルの写真を撮影しておいた。あとは家に帰ってから、どちらが跡地だったかもう1回調べ直してみればよい【注】。この近辺に金融機関の店舗はないようだが、周辺はオフィス街のようであり、札幌で「埼玉銀行と」取引しないといけない事情は、余程のことがなければなかったのではないか。
 なお、旧埼玉銀行の札幌支店は1965年11月に開設され、1991年4月の協和銀行との合併で札幌北二条支店に改称された。1993年7月に札幌支店(旧協和銀)に統合されたが、この統合では存続店舗である札幌支店が、統合日付で被統合店舗(こちら)に移転してきた。といってもこれは旧協和の店舗を建て替えるための「仮店舗」という位置づけで、あさひ銀行札幌支店は工事終了後の1995年11月に新店舗(現在の店舗)に移転した。

 旧埼玉銀の場所を確認したうえで、りそなに向かおう。現在地から現支店までの距離はほんの数百mで、これなら統合になるだろう。
 りそな銀行札幌支店の写真は撮り直したが、昨日雨の中撮った写真と大差はなかった。理由はりそなのある場所である。北1条通りは交通量が非常に多く、加えて札幌のメインストリートである駅前通りとの交差点という好ロケーションの場所に店がある。だから車が多くて、写真を撮る立場としてはかなわない。もっとも、そんな中面白いものを見た。運転手が自転車のように漕いで走る「ベロタクシー」が駅前通りを走っていたのである。
 札幌支店には昨日も入ったが、ATMが3台しかなく、店に入った私は列の一番後ろに並ばされた。しかし、自分がATMを使う頃にはきれいさっぱり行列がなくなっている。私はタイミングというものに恵まれないことが多い。この程度の行列でイライラさせられるのは日常茶飯事である。旅先ではここぞというときにガツンと物事が成功したりすることもあるが、そこから先は思うにまかせないことも多い。「ツキも実力のうち」というから、そういう意味で、私には「中途半端な実力」があるということかもしれない。

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 【注】調査の結果、本文で「STビル」となっている建物が札幌北二条支店の入っていたビルと判明した。建物はあさひ札幌支店の退去後に建て替えられたようだ。ネット上の地図では「STV北2条ビル」となっている。

2009年11月25日

2008.10.02(木)(3)あおぞら銀行

 第四銀行の次は、順当に言うと、交差点をはさんで日興ビルの隣にある、あおぞら銀行札幌支店が目標となる。しかし、今日は店の前を通るにとどめる。なぜかというと、キャッシュカードがいま手許にないからである。今朝荷物の整理をしたとき、コインロッカー行きの荷物の中に入れてしまったのだ。自分の間抜けぶりにつくづく腹が立つが、実はあおぞら銀札幌支店の制覇は、昨日りそな銀行の札幌支店を制覇した後に実行済みである。ただ、今日この時間にこうして来る機会があるなら、今日制覇してもよかったのに、とは思う。
 昨日のあおぞら銀の制覇は、りそな札幌支店の制覇を終えて店の前に出たときから始まった。札幌駅の方を向くと、前方左側にあおぞら銀行の水色の袖看板が見えたのである。未記帳取引はなかったと思うが、念のため行って通帳記帳をしよう。それ以前に、できれば制覇もしたい。「できれば」と書いたのは、1つ気になることがあったからである。あおぞら銀行は、確かATMの稼働を3時で終えてしまうハズだったのだ。
 とりあえず行ってみることにした。あおぞら銀札幌支店は、札幌第一生命ビルの1階である。ATMはめでたく稼働していた。機械はオムロンHXの幅広タイプが1台だけ。あおぞら銀はATMで硬貨の取引ができないから、硬貨の投入口はプラスチックのフタで塞いでいる。キャッシュカードと千円札で通常の取引をして、16:35、あおぞら銀行札幌支店をとりあえず制覇した。
 さて、そこまではよかったのである。今の取引を通帳に記帳しようとして、私はあきれ返った。ATMでの通帳記帳は3時で終わりなのである【注】。ATMそのものの稼働時間か、通帳記入のサービス時間かの違いはあれ、「3時で終わり」という私の予備知識は、部分的には正しかったことになる。
 ここ札幌支店には、もう1つさらに信じられないことがあった。窓口は5時までやっているのだという。窓口の営業時間がATMの稼働時間より長い銀行営業店というのは初めて見る気がするが、そういうことなら窓口で頼めば記帳ぐらいはしてくれるのだろう。私は窓口室に入って、ロビー係の男性に通帳記帳を依頼してみた。
 ダメだ。窓口の機械もやはり3時で止まってしまうらしい。ということで、ロビー係の男性が中の人を電話で呼んでくれるという。内線電話をかけて数分後、女性の行員がやってきた。私の通帳は、収入印紙貼付の余白がないために繰り越しとなるという。つまり、どっちみち今日ATMでの記帳はできなかったということになる。日本債券信用銀行という長期信用銀行であったあおぞら銀は、通帳に収入印紙を貼るスペースがあって、年に1回印紙を貼って消印しないと使えないシステムになっている。この処理は、明朝、窓口端末が復活してからでないとできないそうで、通帳を預けて処理してもらい、預り証を発行してもらうことになった。通帳は明日記帳した後、配達記録郵便で自宅に送ってくれるという。収入印紙を貼り替えたりという手続があるのは分かるが、なぜ3時を過ぎたらATMで記帳ができないのだろうか。また、他の銀行が普通にやっているように「印紙税申告納付」というわけにはいかないのか。収入印紙が必要な通帳は他に信託銀行でもみられるが、非常に面倒くさいものである。
 用事を済ませて店を出ると、北3条西3丁目の交差点はものすごい水たまりで、水深は5cmくらいあった。スタッドレスタイヤが舗装を削ってしまうのだろう。雨はだいぶ上がったものの、さすがに空は「あおぞら」とはいかなかった。

 あおぞら銀行札幌支店は、日本不動産銀行札幌支店として中央区北三条西4丁目に1962年10月開設され、1965年3月に大通西6丁目に移転した。現在の第一生命ビルには2002年3月に移転している。銀行名はこの間に2回変わった。1977年10月に日本不動産銀行から日本債券信用銀行に変わり、現在のあおぞら銀行には2001年1月改称した。

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 【注】その後、あおぞら銀行ではATMを新型機種に置き換え、通帳記入が17時までできるようになった。

2009年11月24日

2008.10.02(木)(2)第四銀行

 腹が膨れたので、今日の第1目標である第四銀行(本店新潟市)に向かう。
 第四銀の札幌支店は、駅から南にまっすぐ延びる駅前通り沿い、日興コーディアル証券が入っている「札幌日興ビル」にある。さっき札幌駅に向かうとき、とりあえずビル外観の写真撮影だけはしておいた。札幌駅からは、駅舎の右(西)側を出ると真正面がそのまま駅前通りということになる。地下鉄南北線もこの下を通っている。これをまっすぐススキノの方向に歩いて、通りの右側だ。
 駅前通りの方へ赤信号に気付かず進もうとしたら、ビビビビッと呼子を吹かれてしまった。見ると、警官に似た制服(のようなもの)を着ているが、警官ではない。おおかた警察OBか何かだろうが、何様のつもりなのか。笛を吹いて知らせるにも「吹き方」というものがあるハズだ。元警官だとすると、機動隊とか公安系だろう。まあ、せいぜい孤独に苛まれた老後を送らないように。通りにはみずほ銀行の札幌支店(旧富士銀)が見えた。
 ほどなく札幌日興ビルに到着。第四銀行札幌支店はここの8階で、ビルには他に日興コーディアル証券はもちろん、川崎近海汽船とか太平洋フェリーとかいったフェリー会社の札幌支店が入っている。定礎石には「昭和59年11月」とあった。
 階数ボタンがちゃんとボタンになっている、やや古めかしいエレベーターで8階に上がる。箱を降りた目の前が第四の支店であった。開け放たれたドアから店内に入る。白っぽい木目調の内装の内側に、どこかのオフィスの受付のような窓口ブースがあった。
 第四銀は、新潟県外の店舗にはATMを設置していない(一部除く)。窓口で現金は扱っているから、通帳に伝票と千円札を添えて窓口に差し出した。相手をしてくれたのは30歳オーバーくらいの女性の行員さんであった。札幌支店は今月で開設50周年を迎え、21日からの記念キャンペーン期間に来店すると粗品をくれるらしいが、もちろん私は来られない。こうした話も含め、第四銀行で窓口の行員さんとかなりお喋りをした。新潟県外にある店舗の行員さんは、他の県外支店の動向に興味があるようで、「結構あちこちの支店に行ってらっしゃるんですか」と尋ねてきた。私の第四の通帳は、口座を作ってから1回も繰越をしていないから、過去の「第四めぐ」の記録が全て出ている。札幌の直前は5月に名古屋へ行ったときの名古屋支店での取引だったから、「名古屋とか行かれてるんですね、出張ですか」等と尋ねられた。私が東京に住んでいると知ると、東京支店はどんな感じですかとか、全部空中店舗になってしまったんですよね、等々。ATMもないんですってね、ご迷惑をおかけします、というようなことを言ってくれた。気さくに世間話ができたのは、こちらとしては楽しかった。
 こうした県外店舗の行員さん同士は、(業務上電話で話すことはあるかもしれないが)直接会う機会もないだろうし、また別の支店に出向く機会もあまりないのではないか。第四の県外店舗の状況を全部知っているのは、案外私のような「めぐラー」だけかもしれない。県外支店の勤務者が一堂に会して宴会でもやる機会があったら、さぞかし盛り上がるのではないだろうか。そうした宴会にはオブザーバー参加してみたい気がする。
 少し気になったのは、「1階だといろんなお客さまがいらっしゃいますのでね」と言って、ちょっと曇った表情をしたことだった。あの口ぶりだと、おそらく相当変なお客が来たのだろう。トイレを貸してくれだの道を教えてくれだのはまだいい方で、銀行だけに場合によっては生命の危険を感じるような出来事もあったのかもしれない。空中店舗になると、そういう「変なお客との遭遇」は確かになくなるかもしれないが、逆に世間話のできる客との遭遇も少なくなるのではないか。
 第四銀行札幌支店の制覇は、10:31頃のことであった。第四銀行札幌支店は1958年10月に開設され、当初は南一条西3丁目(北洋銀行本店南隣)にあったが、2003年6月に現在の札幌日興ビルに移転し空中店舗となった。

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2009年11月23日

2008.10.02(木)(1)札幌の朝

銀行めぐ2008秋
札幌市内4行4店舗完全制覇


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 札幌の朝。朝といってももう10時近い。ビジネスホテルの自室でネット検索をダラダラやっているうち、あっという間に9時半になってしまった。
 昨日は札幌で宿に入った後、夜の街に遊びに出てしまった。札幌の宿では結局全く仕事をしていないから、缶詰になって仕事をする計画は完全に失敗に終わったようだ。
 宿に帰ってテレビを見ていると、いろいろと大きなニュースがあった日だったようで、プロ野球の清原和博は引退(最終試合)し、また北洋銀行と札幌銀行の合併が金融庁から認可された。札幌市白石区の道央自動車道では、大谷地インター近くで逆走車による衝突事故が発生、運転していた87歳の男性が死亡したそうだ。出発する前の日、仕事場の女性に「僕が乗った船が沈んだ時には思い出してやってね」と言いかけて「大丈夫です!」と一喝されてしまったのだが、今はフェリーが沈没する確率よりも、高速道路で逆走車と正面衝突する確率のほうが高いかもしれない。今日はもう高速には乗らない(ハズだ)が。
 また、今回の宿泊はビジネスホテルにしたが、宿を探すためネットカフェに入ったとき、実はこのままここに泊まってもいいかなと少し思ったのである。結局はやめてしまったのだが、朝のニュースではこの晩起こった大阪・ミナミでの個室ビデオ店の放火事件(15人【注】が死亡した)でもちきりで、キャーこわいこわいと胸をなでおろした。清原については、スポーツニュースの画面で見慣れないユニフォームを着ているのを見て「あれ、こいつ西武じゃなかったっけ」と思ったから終わっている。巨人経由でオリックスに移籍していたのを全然知らなかった。「体育もの」の動向にとんと関心がない私は時折こういうことが起こる。
 水曜日なので、北海道テレビの名物番組『水曜どうでしょう』の放送があった。この番組は「原付でxxを縦断」という企画が好きなようで、今回はベトナムをハノイからホーチミンまで1500km縦断したそうである。以前帰省した際に群馬テレビで放送されていたのをたまたま見たときには山陰を縦断していて、ロケをする地域を選ぶセンスが良いと思っていた。海外ロケとは出世したものである。番組中では「箕谷駅」行きの神戸市バスとすれ違った。箕谷ってどこなんだろうと番組中で喋っていたが、神戸市北区にある神戸電鉄の駅で、「りそめぐ」で行った北鈴蘭台の2つ先である。ベトナムに限らず東南アジアでは、日本の中古車がたくさん走っている。番組で走っていた国道は、日本でいえば国道1・2号線のような重要な幹線道路だが、舗装は一応施されていたものの大きな石がゴロゴロ転がっていて、まさに「酷道」であった。
 朝は6時半過ぎに目覚めた。チャンネルは夕べのままに、テレビ朝日系の「やじうまプラス」を見る。昔からこの時間に変わらず出ている吉沢一彦アナウンサーが、しばらく見ないうちにすっかりお年を召されていたのには驚いた。

 今日の予定は、札幌市内の「めぐ」のできる銀行支店を全て回るということである。具体的な1つの銀行、たとえば「りそな銀行」を横軸に取るとすると、今日は「札幌」という都市を縦に巡るわけである。札幌駅に一番近いところにあるのが第四銀行で、その隣にはあおぞら銀行の札幌支店がある。昨日行ったりそな銀行札幌支店はその南側。これらから少し離れて、ススキノの北西側にみちのく銀行がある。
 それが終わったら、折角遠路はるばる来たのだから、札幌市内を軽く歩いてみようと思う。とはいえ、羊が丘も時計台も以前行ったことがあるから、どうしようか。その後、札幌駅からJRで苫小牧に向かい、帰途につく。JR北海道は札幌から新千歳空港まで特急型の車両を使った快速を走らせており、どうせなら(途中まででも)それに乗りたい。等々、いざ現地に来てみると、やりたいことがたくさんあって混乱する。
 朝食を食べないといけないし、今日の「めぐ」としては札幌駅を起点にした方が美しいだろう。というわけで、とりあえず駅までぶらぶらと歩くことにする。北二条通りに面した宿から、数字の名前で言うと西4丁目通りにあたる「札幌駅前通り」に出て、北に向かって約500m歩く。
 北洋銀行の札幌駅南口支店は旧拓銀の店をそのまま使っていて、なかなかの歴史的建築のようだ。「伊藤ビルディング」というらしいが、戦後の建物だったとしてもかなりの年代物だ。支店に入ってみると、沖電気の通帳記帳繰越機が置いてあるのが目についた。何だ、沖電気はちゃんと通帳記帳機を製造しているのではないか。りそなが導入していないから、作っていないのかと思っていた。ということは、やはりりそなは沖電気とは決別するのだろう。北洋の向かい側に、北海道銀行の札幌駅前支店。道銀の隣のビルはかつて北洋の札幌駅前支店だったところで、旧拓銀の支店に統合になった。今は北洋銀の関連会社を複数入れたビルとして使われているようだ。
 札幌駅前まで来た。数年前に札幌駅に来た際には大きな駅舎が出来たばかりで、やたらに長い仮通路を延々と歩かされた記憶がある。今は横に長い駅ビルが完成しているから、これで一応最終形ということなのだろう。名古屋駅ほど巨大ではないが「JRタワー」というタワービルが建っていて、一番大きなテナントは北海道の百貨店業界に大激震をもたらした大丸である。駅の右(東)側にはエスタという商業ビルがあり、ビックカメラが入っている。あとは、横にL字形に広がる西武百貨店の建物。ここは2009年9月いっぱいで閉店した。倒産した地元百貨店「丸井今井」の動向をみて、札幌店と旭川店のどちらかを閉鎖する意向だったが、丸井今井が旭川店を閉店すると決めたため、商売敵のいなくなる旭川を存続させ、代わりに札幌を閉めることにしたという。
 駅に入る。まず、JR東改札そばのコインロッカーに荷物を入れて身軽になった。札幌のコインロッカー事情は、東京者の私には妙だと思えた。ドアの鍵が常に(たとえ空のロッカーでも)かかっていて、お金を入れないとドアが開かないのである。昨日の地下鉄でもそうだったから、これは札幌地区では標準なのだろう。小型の300円のロッカーなど、お金を入れてドアを開けたはいいが、それで荷物が入りきらなかったらどうするのだろう。しかも、JRの駅はロッカーの使用時間が一応24時間だが、昨日使った地下鉄大通のコインロッカーは12時間で300円という設定になっていて、東京よりも高いのである。
 荷物を入れた後、近くにあるJR直営らしい軽食コーナーで朝食。カレーライスがS・M・Lと3サイズあって、私は500円のMを食べた。ここのカレーは、量はさほど多くないものの肉がごろごろ入っていて、500円なら良心的なほうだと思った。女性の店員はぶっきらぼうだったが。一つ感心できなかったのが、「当店は全席喫煙でご利用いただいております」という看板を堂々と出していたこと。さすが、喫煙率が全国一高いといわれる北海道だけのことはある。でも、確かJR北海道は特急を全席禁煙にしたハズなので、そういうものとは矛盾している。逆に、特急が禁煙だからこういうところで吸い溜めしてから乗りましょう、ということなのだろうか。

 【注】(2009.12.02追記)入院していた1人が半月後に死亡したため、事件による死者は計16人となった。被告の無職男性は2009.12.02大阪地方裁判所で死刑判決を言い渡された。

2009年11月22日

あとがき+新連載開始のお知らせ

 「りそめぐ2008秋 太平洋は青かった 茨城北海道750km大移動」、11月21日をもって完結いたしました。
 最後までお読みいただいた方には、例によってダラダラと続いた連載にお付き合いいただき、御礼申し上げます。あとがき等も含めた分量は、最終的に85枚弱(400字詰原稿用紙換算)となりました。

 日付だけで見ると旅の1か月後に連載を開始したように見えます。グータラな為栗が心を入れ替えたか…と思ってよくよく見ると、旅は前年の2008年。もろもろが遅々として進まず、私自身でも腹が立っていますが、それが私の「真の実力」でしょうから、まあ仕方ないのかもしれません。
 閑話休題。当初は、さらに翌日の札幌市内における「他行めぐ」を加えて、北海道遠征の全体を130枚程度の原稿にするつもりでいました。しかし、私にとっては1つの北海道旅行でも、読者にとっては両者をまとめると木で竹を接いだような印象があると思いまして、りそなめぐりが終わったところで一旦締めることにしました。
 それにしても、りそな銀行の「めぐ記」としても、土浦支店と札幌支店の2店しか回っておりません。地理的に全く離れた2つの支店を無理やり結びつけ、あとは周辺的な話題だけで原稿用紙85枚。ちょっと悪乗りし過ぎかもしれません。
 しかし、私がこの「めぐ記」で描きたいのは、究極的には「人間の生活のいとなみ」に尽きるのだと思います。最近ようやくそう悟りました。りそなの支店におけるATM構成を発表すればいいのなら、一覧表にしておけば済むことです。そうではなくて、敢えてエネルギーを使って文章化しているのは、私という人間、そして旅の過程で関わるさまざまな方々の「生活」を描きたいからではないかと思います。日常の食い扶持を稼ぐ仕事、「めぐ」の対象としてのりそな、それ以外の金融機関各社、安全な旅を支える交通機関各社、それ以外の何万人もの人々、こうした方々との関わり。人との関わりがなくても、人々の生活の過程で作られたさまざまな物質やシステムとの関わり。私が書きたいのは、恐らく、こういうことから見えてくる「人間の生活のいとなみ」なのです。

 続いてお知らせ。当ブログで明日23時から新連載「銀行めぐ2008秋 札幌市内4行4店舗完全制覇」を開始します。
 今回ご紹介するのは、2008年10月2日、札幌市内で4行4店の制覇活動を行った記録です。内容としては、昨日まで掲載した「りそめぐ2008秋 太平洋は青かった 茨城→北海道750km大移動」の続きということになります。
 400字詰原稿用紙で50枚程度、回数は現時点では7回の予定です。例によって1日1本のペースでダラダラと掲載していきます。多少の脱線もありますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

 なお、参考文献一覧の掲載は、明日から始まる「銀行めぐ2008秋 札幌市内4行4店舗完全制覇」の、連載終了後の「あとがき」でまとめて行います。ご了承下さい。

2009年11月21日

2008.10.01(水)(5)雨中、札幌中央支店跡

 日頃の行いがそんなに悪いとも思わないが、今回は雨にたたられている。それでも、太陽はわりと近いところには顔を出しているようで、札幌三越の上空など雲の切れたところもあった。これで斜めに日が射してきたら、なにやら幻想的な光景である。それにしても既に夕方4時、道路はかなり混み始めている。りそな銀行札幌支店の面する北一条通りの東行きは、札幌駅前通りの1本先の信号でつかえていて、駅前通りとの交差点にまで信号待ちの車が続いている。
 りそな札幌支店と同じ交差点の向かい側(南東角)に、「IMON」と大きく書いてある茶色いビルがある。これは、旧大和銀行の札幌支店、りそなとしては札幌中央支店があった建物で、井門札幌ビルという。札幌中央支店は大和銀行時代に空中店舗化され、何階に入っていたかは記憶にないが、キャッシュコーナーだったところは「オフィス24」というビジネスコンビニになっていた。当日現在のテナントリストでは、2階に東京スター銀行の札幌支店があって、その他大塚商会、アフラック、HIS、アクセンチュア、だいこう証券ビジネス、などがある。アクセンチュアは昔のアンダーセンコンサルティングだったか。JASRAC(日本音楽著作権協会)もあり、10階には北海道テレビ放送(テレビ朝日系)の営業セクションがある。結構な大企業が入っているビルであった。
 大和銀行の札幌支店は1952年12月の開設で、当初は大通西2丁目にあった。現井門ビルのある北1条西3丁目に移転してきたのが1957年11月。1984年9月に新築のため仮店舗に移転し、井門ビルが竣工して原位置に復帰したのは1986年6月であった。2000年8〜9月頃(確定できなかった)、同じビルの上層階に移転して空中店舗化、2003年1月にはあさひ銀行との合併に先立ち店名を札幌中央支店に変更した。2003年7月に支店内支店を実施して旧あさひ銀行の札幌支店内に移転、システム統合を経て名実ともに旧あさひ店に統合されたのは2006年5月のことであった。

 茨城と北海道のりそな銀行2店をめぐる「めぐ」は、これにて終了である。この後、雨は急速に小降りになり、ぽつぽつと降ってはいるものの傘なしで歩けるくらいにまでなった。宿はネットカフェに入ってトラベルサイトを検索した。私の携帯電話は通常のケータイではなく、PDA機能付きのPHSで、データ通信が非常に重いのでwebサイトを見たりするのには使えない(買って後悔している)。宿泊シングル1泊3200円というビジネスホテルを確保したが、ネットカフェの入会金と使用料を580円も取られ、節約効果はチャラになってしまった。早めに宿に入って船の中でできなかった仕事をしようと思っていたが、結局は夜の街に繰り出してしまって仕事にはならなかった。

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<りそめぐ2008秋 太平洋は青かった 茨城→北海道750km大移動 完>
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