2005年11月24日

4月7日(木)B 鮭の町・村上へ向かう

 支店から今来た道を駅に戻る。商業施設がない町だと思ったが、駅前の信用金庫前からつながる道は商店街になっていて、いちおう「地方の町並み」といった程度には商業集積があるようだ。
 のぞいてみた村上信金の支店は「山北支店」とはいわず、駅名に合わせて府屋支店という名前で、のぞいてみると「大きく府屋します」という看板が窓口室の壁面に掛かっていたのが微笑ましかった。いまどき銀行(類似機関)の金融商品で、大きく増えるようなものは皆無のはずだが。
 府屋駅に戻ると10時15分くらいで、予定の列車にはまだ1時間近い余裕があった。ひととおりこの町も歩いてしまったし、暇のつぶしようがない。さっきの信金も信金前から延びる商店街も、人の気配は全く感じられない。駅には客が一人だけいるようだ。ここは列車の本数が非常に少ないところだから、駅にも集客施設としての機能は薄い。
 荒涼とした雰囲気に呑み込まれたように、眠気がおそってきた。待合室にはベンチがあるが、座る人の姿はない。自分の背中を座面に倒して目を閉じると、私はしばしの眠りに落ちていった。(未完)

 時間があれば、この先も執筆して完成させたいと思っていますが…。
 いちおう、ここから先の道程をご紹介しておきましょう。

府屋11:08→村上11:55【村上支店】
(市内散策、「鮭の焼漬」を買う)
安良町13:04(新潟交通北)→13:22岩船上大町【岩船支店】
岩船上大町13:39(新潟交通北)→13:57村上駅
(駅前のジャスコ内で昼食:ファミレスでハンバーグ。不味かった)
村上14:57→15:09坂町【坂町支店】
坂町15:53(いなほ10号)→15:59中条【中条支店】
中条16:32→16:44新発田【新発田東支店・新発田支店】
新発田17:49→18:10水原【水原支店】
水原18:57→新発田19:19
(駅前の食堂で夕食:メニュー忘却。不味かったことだけ記憶)
【MD新発田駅前】
<タクシーで新津駅に送還>
新津00:06(ムーンライトえちご)→8日(金)05:10新宿

 最後に「タクシーで新津駅に送還」という妙な一文がありますが、これについてはこちらを参照。
posted by 為栗 裕雅 at 12:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 第四銀行めぐ 2005年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月23日

4月7日(木)A 新潟県最北端の町・山北へ

 鶴岡を出るときに降っていた雨は、新潟県境までは及んでいないようだが、それでも車窓から見える空は鉛色の雲がどんよりとたれ込めている。行きの普通列車からも見た風景ではあるが、改めて日本海に目を移すと、泣き出しそうな雲の下で白い波がたけり狂っているのがわかる。特急のガラス窓は完全に固定されているから、見えるものはすべて外界の出来事に過ぎない。
 私は、新潟行きの特急「いなほ6号」に乗っている。鶴岡を出て30分ほどの乗車で、鶴岡から二つ目の停車駅・府屋に到着した。府屋駅は新潟県の最北端、岩船郡山北(さんぽく)町にあり、新潟県で最も北にある駅である。山北町は1955年に5村が合併してできた山北村が町制施行した町で、新潟県で最も北に位置する地方自治体である。ここに、第四銀行は山北支店を置いている。第四銀の新潟県内店舗のうち、山北支店が最も北に位置しており、ここより北は札幌まで第四の店舗はない。
 府屋駅で特急を降りたのは、私の他にはもう一人だけであった。改札で切符を手渡して平屋建ての駅舎を出ると、人の気配の全くない駅前広場が静かに広がっていた。駅から見えるところに雑貨屋ともパン屋ともつかない店が1軒あり、その向こうには地元・村上市の村上信金の支店も見えるが、駅前に必ずあるはずのタクシーすら1台も停まっていない。どんよりと曇った天候のせいで、必要以上に暗く寂しく感じられた。
 府屋の発車は11:08だから1時間以上余裕があるが、まずは制覇を済ませてしまおう。事前のリサーチによると、第四銀行山北支店は、駅から1km弱離れた旧国道沿いにあるということだ。駅のすぐ東側を、南北に国道7号線の旧道が通っているはずである。駅前広場を背に歩き出すと、果たして、南側から北上してきて、北東方向に緩やかにカーブする街道があった。てこてこと北に歩いていくが、通る車もなく、通行人も私だけで、交通量はあまりに少ない。道路沿いには数軒の民家が並んでいるが、家と家との間は広く、密集している印象はない。ここは町制施行しているから町なのだが、実質的には村のままのような感じである。家の並び方もそうだが、果たして「商業施設」がこの付近にあるのだろうか。駅と、駅前の商店と、駅前の信金と、道沿いの床屋ぐらいしかお金を使える場所がないようだ。
 旧国道沿いに、古びた3階建てのビルが建っている。山北町役場である。推定1960年代前半の建築であるから、ひょっとしたら村役場時代からの建物かもしれない。建物を見るだけで、この町がバブルに踊ることのなかった(というより踊りようもなかったのだろう)町であることがわかる。それにしても、第四の支店はどこにあるのか。とにかくここは「お金を使える場所」があまりに乏しい。こんな所に銀行の支店が本当にあるのだろうか。ひょっとして俺は、降りる駅を間違えたのではないか。そう思って、支店の場所を確かめるべく役場に足を踏み入れた。第四の支店があるということは、山北町の指定金融機関は恐らく第四銀行。よって、役場の会計とか出納とかいったセクションには第四の行員が詰めているはずだ。このあたりは「あさめぐ」で埼玉県内の市町村役場をハシゴしている時に得た知識である。窓口室に足を踏み入れると思ったとおりで、一番奥に第四の派出所があり、第四の緑色の制服を着た女性の行員がいた。
 行員に話しかけて、自分の降りた駅がまぎれもなく第四銀行山北支店の最寄り駅であることを確かめ、支店は町役場のさらに先にあることを確かめ、ついでに雪隠を(勝手に)借りる。山北町役場を出て、再び7号線の旧道を歩き出した。駅前からは上り坂を上がってきたが、役場を過ぎると再び下り坂になった。役場はこの付近のサミットに建っているようだ。
 それにしても人の気配がない町である。役場窓口室の奥にも執務している職員はほとんどいなかったし、もちろん来客もない。再び歩き出した道は相変わらずトラフィックがほとんどない。商業施設については、役場の200mほど先に郵便局と農協があるようだが、それ以外は民家と、原野のような空き地ばかりである。そして、やっと目指すダークグリーンの看板が見えてきた。
 山北支店の制覇はあっさり済んだ。何しろATMで現金を出し入れするだけである。支店の建物は第四の支店としてごく普通の四角い2階建てビルのようだったが、ATMは1台だけしか置かれていない。先月行った東京支店より重装備だが、恐らく来店客の数は東京支店よりはるかに少ないだろう。3人くらいいる行員は一応何か仕事をしているようだったが、ロビーに客は私以外に一人もいない状態であった。
posted by 為栗 裕雅 at 01:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 第四銀行めぐ 2005年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月21日

4月7日(木)@ 東京→鶴岡、480kmの大移動

2005年4月7日(木)

 3月上旬に買って新潟県をかけずり回るのに使った「青春18きっぷ」は、結局その後1日分も使わないまま有効期限切れを迎えようとしていた。この間、新潟とともに行きたいと思っていた岐阜市・名鉄美濃町線沿線の大垣共立銀行めぐりは、3月中に行けないままに終わり、美濃町線を含む名鉄の600ボルト区間は全廃されてしまった。
 というわけで、3月のめぐ行により、せっかく第四銀行と新潟県について詳しくなりかけたことでもあるし、もう1回時間を割いて新潟県の制覇に行こうか。そう思い立ったのは、6日(水)の午前中であった。
 前回と異なり、上越線の夜行列車は運転を再開しているから、新潟への移動は迷うことなく夜行快速の「ムーンライトえちご」である。この列車は新潟到着がちょっと早すぎるため、銀行の営業時間も勘案した結果、山形県庄内地方の中心地・鶴岡市まで足を延ばして、ミスタードーナツを1店だけ制覇することにした。鶴岡まで行くことで、今回の「第四めぐ」は必然的に新潟県北部に限定されることになった。それなら「新潟県北、第四めぐ総なめ」といこう。というわけで今回のプランでは「羽越本線の沿線を完全制覇する」という目標を立てた。かくして、旅程は次のとおり決定した。

新宿(6日)23:09(MLえちご)
→(7日)04:51新潟04:57→05:50村上05:59→07:37鶴岡(MD鶴岡駅前)
鶴岡09:14(いなほ6号)→09:45府屋(山北支店)
府屋11:08→村上11:55(村上支店)
安良町13:04(新潟交通北:路線バス)→13:22岩船上大町(岩船支店)
岩船上大町13:39(新潟交通北)→13:57村上駅/村上14:57(or岩船町15:02)→15:09坂町(坂町支店)
坂町15:53(いなほ10号)→15:59中条(中条支店)
中条16:32→16:44新発田(新発田東支店・新発田支店)
新発田17:49→18:10水原(水原支店)
水原18:57→新発田19:19(MD新発田駅前)
新発田22:49→23:23新潟23:35(MLえちご)→8日(金)05:10新宿

 自宅は6日夕方に出発、郊外の駅で指定券を買い、ミスドで適当に時間をつぶして、列車の時間に合わせて都心に向かった。特急型車両を使用した夜行の快速は、ボックス一つ占領できるほどではないものの、一人でペアシート1脚を独占できる程度にすいていた。
 新潟に7日の午前4時51分に到着、同じホームの反対側に停まっている快速村上行き(04:57発)に乗り換える。乗り換えた車両は「走ルンです」の異名を持つJR東日本の軽量ステンレス車両、E125系であった。通勤輸送用のロングシート車両であるから、特急車両のような快適さは望むべくもない。「ムーンライトえちご」は、現在は新潟止まりとなっていて、新潟から先に向かうには今回のように早朝の乗り換えを強いられることになるが、以前は村上行きの電車だった。それは、直流専用の車両を使っていたため、羽越線の直流電化の最北端となっている村上より先には乗り入れられないという事情があったからである。せっかく交流電化区間にも乗り入れられる485系という特急電車を使っているのだから、酒田(山形県)あたりまで運転して欲しいところなのだが、たしかこの型の車両に交代すると同時に新潟止まりになったと記憶している。
 村上で、酒田行きの普通列車に乗り換える。4両編成のディーゼルカーである。羽越本線は全線電化されているが、ここ村上を境に直流電化と交流電化に分かれる。交流電化は、変電所の数が少なくて済むために直流電化よりも電化のコストが安いというふれこみだったのだが、JRの電化方式が直流主体となった今となっては果たしてどうなのだろうか。ともあれ、電化されている区間しか走らないにも関わらず、村上から先の普通列車は全てディーゼルカーである。車窓の風景も村上からガラリと変わり、それまでの豊穣な越後平野の水田地帯から一転して、荒々しい日本海に臨んだ地形の険しいコースとなる。新潟県と山形県との境を越えるため、国境越えの常として普通列車でありながら検札がやってくる。こうしたところが旅情と言えようか。
 鼠ヶ関から山形県に入る。それまでほとんど動きのなかった車内は、山形県に入ったとたんに高校生がぞろぞろと乗ってきて、1駅ごとに少しずつ賑やかになっていった。この列車は鶴岡に07:37、酒田に08:18に着くから、ちょうど通学の時間帯にあたっている。私は今、4人掛けのボックスシートに荷物を置いて足を伸ばしてふんぞり返っているが、混雑度が増してきたら撤収しなければならないかもしれないと思って覚悟を決めていた。しかし、車内の混雑度はそれほど上がらない。それなりに立ち客がいるものの、座席に座らない客(ほとんどは高校生である)も多いから、乗客の数で言えば全部の座席がかろうじて埋まる程度。一応ラッシュアワーのはずだが、データイムの山手線よりよほどすいている。昔は通学時間帯の列車はもっと混雑していたように思うのだが、やはり過疎化と少子化が進んで通学する高校生の数も減っているのだろう。そういう混雑率のまま、列車は07:37に鶴岡に到着した。
 鶴岡駅前に出る。駅前には大ショッピングセンターがそびえるが、看板の文字などは剥がされていて、営業していないことがわかる。看板からは「JUSCO」の店名が読み取れる。後で調べたところでは、この店は3月20日に閉店したばかりの「ジャスコ鶴岡店」であった。地方都市では、旧市街の総合スーパーが郊外のロードサイド型モールに取って代わられる形でドカドカ閉店しており、鶴岡店はジャスコの別の郊外型店舗に客を吸い取られて客離れが加速したようだ。道路をまたぐ連絡通路まで備えたジャスコ鶴岡店のツインビルは、駅前の再開発により1985年3月に開店したそうで、こうした比較的新しい店までスクラップアンドビルドの対象になるかと思うと、つくづく地方都市の商業環境の厳しさということを思う。ミスド店の制覇を兼ねて、コーヒーとドーナツのモーニングセット、それにミートボルシチで朝食を済ませる。鶴岡でのミスド店制覇は、旧ジャスコと同じ交差点にある「鶴岡駅前ショップ」。客席からは、閉店したジャスコのうらぶれた佇まいがいやでも目に入る。
 午前9時。銀行窓口のオープン時間であり、私がこの日ミスドを出た時間でもある。いよいよ第四銀めぐに出発する。もともと列車本数の少ない羽越本線、その中でも列車本数がさらに減る県境を通過するので、今回はどうしても「青春18きっぷ」では乗れない特急をプランに組み込まざるを得なかった。乗車券と特急券を、窓口で購入しなければならない。鉛色の雲の隙間からところどころ太陽がのぞいているが、それでも小雨がぱらついている。雨の中を、鶴岡駅出札窓口へ急ぐ。鶴岡の発車は09:14の予定である。
posted by 為栗 裕雅 at 10:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 第四銀行めぐ 2005年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年4月の第四めぐ「軽く庄内から新潟県北」篇

【おことわり】この記事は、2005年11月21日付でブログ「遊牧民のゴタク」に掲載した連載の告知です。第四銀行めぐり関係の記事を「遊牧民のゴタク」から「MEGU」に移すにあたり、「告知板」カテゴリに掲げます。(2008.09.15記)

 ハードディスクの中を整理していて、4月に書きかけてそのままになっていた記事があったのを思い出しました。せっかくですので、出来上がっている部分を、年末の在庫整理の一環(!?)としてUPしておきたいと思います。
 この時以後、私は「貧乏暇なし」の状態で、6月に長野県に行った以外には関東地方から離れておりません(泣)
posted by 為栗 裕雅 at 10:03| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ一覧(過去の連載など)
大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇(58)
単発(12)
告知板(24)
銀行めぐ2015冬 みちのく銀秋田県全店制覇(29)
りそめぐ2013梅雨 大阪市営バス“最長”路線[93]を行く(43)
りそめぐ2011晩秋 都営バス最長路線[梅70]の旅(57)
りそめぐ2008秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる 東武伊勢崎線・野田線沿線17店舗の制覇(51)
りそめぐ2009初秋 りそな銀千葉県内12店舗完全制覇(35)
りそめぐ2008夏 りそな銀東京都世田谷区4店舗完全制覇(8)
りそめぐ2008春 埼玉高速鉄道で帰省してみた(18)
りそめぐ2008秋 太平洋は青かった 茨城→北海道750km大移動/銀行めぐ2008秋 札幌市内4行4店舗完全制覇(20)
りそめぐ2008初秋 湘南セプテンバーストーリー(11)
りそめぐ2008冬 銀河に乗って知事選たけなわの大阪府へ(47)
りそめぐ2008夏 「近畿大阪めぐ」スタート記念 片町線・京阪線沿線25店完全制覇(51)
りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿(60)
りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える(12)
りそめぐ2007秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる(35)
2007年7月 りそな関西地区支店昇格5店完全制覇+α(43)
あさめぐ・最後の爆走 西日本地区15店+1店完全制覇(34)
2006年1月 りそめぐ「旧奈良銀店舗全店制覇」(53)
第四銀行めぐ 2005年(41)