2006年07月31日

2003.01.08(水)(3)なかなか離陸しなかったB767

 ようやく搭乗手続きを終えた。福岡行き005便は24番ゲートから搭乗だという。ムービングウオークを2本乗り継いで、目指す24番のゲートに向かった。ムービングウオーク、昇らないエスカレーター、動く歩道、色々な名前があるが、ここのは人が乗る部分が金属製で、足元がふわふわしないので歩きやすい。新宿駅西口から都庁の方へ行くムービングウオークは人が乗る部分がゴム製で、ベルトコンベアみたいであまり感じがよくないと感じるのだが、こういったことは人それぞれで、ゴム製のほうがトランポリンみたいで気持ちいいと思う人もいるかもしれない。
 24番ゲート前のラウンジにようやく到着した。グレーのタイルカーペットの上に紫色の椅子が並んだ広いラウンジの正面はガラス張りになっていて、尾翼にスカイマークの青いロゴをつけた旅客機が目の前に停まっていた。ボーイング767。あれが、今日これから乗る飛行機らしい。機体全体が広告になっていて、胴体は紫色に塗られ、そこに黄色で「YAHOO!」と書いてある。
 ロビーに置かれたテレビで「おもいッきりテレビ」を見ているうちに、搭乗開始のアナウンスがあって、私は改札に向かう。他社のゲートでは、搭乗券は駅の自動改札機のような機械に入れるのだが、ここでは人海戦術でモギリをしている。改札を抜けて細長い通路を延々と歩いて行くと、ようやく、さっきラウンジから見た飛行機の内部にたどり着いた。長い道のりであった。
 私が取った座席は「31A」であるから、機体の真ん中より後ろ側、左の窓際である。鉄道旅行を楽しんだ時期が長かったせいで、私はこういう時ついつい窓側の席を取ってしまう。飛行機の場合、窓の外には雲と空しか見えないのだから、窓際の席を取ることにあまり意味はないのだが、それにしても、である。席番を確かめ、荷物を天井のトランクに入れて着席すると、窓からはジェットエンジンのついた大きな翼が見えた。身を乗り出して角度を変えると、翼の後方に空港の風景が見えたので安心した。
 14時05分。私の乗った機体は定刻どおり動き始めた。ターミナルビルから桟橋のように延びた連絡通路に向かって首を突っ込むようにして停まっていた機体は、まず誘導路に向かってバックし、そこから誘導路を滑走路に向かって自走していく。機内天井から吊るされたテレビからは、機内案内のビデオが流れている。めったに経験することのない空の旅。その序曲として、この時間は胸の躍る楽しい時間である。もっとも、飛行機の嫌いな人にとっては、一刻も早く過ぎてほしい悪夢の時間なのかもしれないが。
 私が乗った機体がターミナルビルを離れたのは定刻の14:05だったが、それから20分余り経過したのに、いまだに離陸しない。私の機体の前には、他社の機体が2機、離陸待ちをしているのだった。滑走路を見ていると、1機が飛び立ち、ワンクッション置いて今度は1機が着陸、ということがリズミカルに繰り返されている。これらは全て管制塔の指示どおりにやっているわけだから、そのさばき方は見事なものだと思った。しかし、今回の羽田→福岡1時間50分の所要時間のうち、実に20分余りが羽田空港の離陸待ちで費やされるのは、時間の無駄以外の何物でもないだろう。羽田空港では拡張工事が進行中で、2009年に滑走路が1本増設されるというが、さっさと進めてもらいたいものである。

2006年07月30日

2003.01.08(水)(2)羽田空港へ向かう昼下がり

 12時05分、自宅を出発。最寄り駅となる京浜急行追浜駅までは歩いて10分ほどである。目指す12:15発の上り各駅停車にどうにか乗ることができた。金沢文庫で快特に乗り換え、さらに京急蒲田で羽田空港行きに乗り換えて、京急羽田空港駅には13時08分到着。ホームの一番品川寄りのところが空港に向かう大エスカレーターになっていて、そこを上がったところが改札である。京急の駅内はだいたいどこも内装が水色に塗られているのだが、ここは濃淡2色のタイルを使い分けてグラデーションになっている。色遣い自体は見慣れた内装を横目で見つつ改札を出て、スカイマークエアラインズのカウンターのある2階の北ウイング先端まで移動する。
 羽田空港のターミナルビル「ビッグバード」は、本当にいつ来ても嘆息するくらいに規模が大きい。京急の駅から出発ロビーのある2階に上がると、エスカレーターは「北ウイング」と「南ウイング」の境目付近に出るのだが、そこからスカイマークのカウンターまでは、細長いターミナルを端まで歩かされるわけだから、いやでも規模の大きさを感じさせられるのである。スカイマークのカウンターがターミナルビルの一番端にあるのは「新参者の悲哀」というやつで、既得権者(北ウイングでいうと中国語で「一日中空っぽ」の全日空【注】)に阻まれて良い場所を確保できないからである。同じ100mを歩くのでも、建物の中と屋内とでは距離感が全然違う。とにかく、そんな遠くまでと思うほどの距離を歩き、スカイマークのカウンターにようやく到着した。
 西日本地区の「めぐ」を思い立ったのが今日起きてから。すなわち、航空券は全く手配していない。飛行機に乗れなかったら今日のこの計画はたちまちオジャンになるのだが、そのあたりはやはり長年の経験で、盆や正月の繁忙期でもあるまいし悲観しなくて良いと知っている。思ったとおり空席があり、紙ばさみに挟んだ薄い感熱紙のチケットが手渡された。運賃は「スマイルレート」、つまり当日キャンセル待ち扱いとかで、15000円。これに保険料などがかかるとはいえ、航空運賃も安くなったものである。
 サービスカウンターが遠い代わり、搭乗手続きはすぐ目の前のゲートで行える。金属探知機を通る例のアレだ。2001年9月の同時多発テロ事件以後、手続き場での検査は極めて厳重になった。前回飛行機に乗った際(2002年5月)には、ペンケースの中に入れていた事務用のカッターナイフ1本でアラームが鳴ってしまって大変だったので、今回はゲートに入る前に入口に積まれたバスケットを取り、そこに問題のカッターナイフを入れて係員に渡してしまった。警備の制服を着た若い男性係員が航空券を見ながら伝票に色々と記入し、預かり証の半券を渡してくれた。少し日本語が怪しかったから、この警備員は外国人留学生のアルバイトかもしれない。

【注】第1ビル北ウイングの全日空:2004年12月、第2(東)旅客ターミナルビルの供用開始に伴い、全日空(ANA)グループの国内線は同ビルに移転した。第1ビル北ウイングのANAグループ移転跡地は、現在日本航空(JAL)グループが使用している。

2006年07月29日

2003.01.08(水)(1)突如出発を決めたブランチタイム

2003.01.08(水)

 今週月曜日に店名が変更されたあさひ銀行の21支店(エーティーエム支店含まず)のうち、西日本に所在する15か所を一度に取ってしまう旅。あわせて、前年に支店から出張所に変更された長崎を取り直しに行ったから、2日間の制覇箇所数は合計16か所にもなった。
 初日に2か所、2日目に14か所。1日に10か所を超えて制覇活動を行うのは、数を稼ぐのに熱心だった1998年夏以来のことであり、しかもあさひ銀行の支店として新支店名で存在するのはわずか2か月ほどしかない。このため、店名変更が発表された2002年秋から徐々にプランを練り始めていた。特に、この「あさひ銀行最後の2か月」は、塾講師をして生計を立てている私にとっては、一年のうちで最も仕事の忙しい時期である。検討の結果、一つの取りこぼしもなく、しかもコストパフォーマンスを最適にコトを進めるには、どうしても平日に2日連続した休みが必要であった。
 その「貴重な連休」は、思いのほか早くやってきた。冬季講習の後半戦たけなわだった前々日の1月6日(月)、東京都港区の三田支店改め「田町支店」を出勤前に制覇し、通帳の表記がきちんと<田町>に変更されているのを確認したことで、当初意識にのぼっていなかった新学期前の2連休が俄然クローズアップされることになった。あさめぐは基本的に通帳表記が物を言う趣味であるので、支店の名前が変わっても通帳表記が変わっていなければ意味がないのである。冬季講習は1月7日(火)で終わり、8・9日の2連休をはさんで、3学期の準備のため出勤する「準備日」が10日(金)。このチャンスを逸すると、西日本の「あさめぐ最後の爆走」は、2回に分けて行かなければならなくなる。そうなっては資金的にきつい。
 以上のような思考を頭の中で巡らせたのは、1月8日の昼近くに起き出してからであった。午前10時起床。横須賀市北部にあるアパートの、自室南側の窓から日光がさんさんと入ってきていた。暑いぐらいの陽気である。ここ何週間かずっと、休日といえば悪天候に祟られていたので、自分の休みの日に天気が良いというだけで何となく心がうきうきしてくる。私のようなインドア派の人間でさえそうなのだから、アウトドアの趣味を持つ人なら余計に心が躍るのではないか。「あさめぐ・西日本最後の爆走」に考えが及んだのは、まさにこのタイミングであった。
 今から行くのであれば、関西地区を起点としたのでは、今日中に全部を回りきれず宿泊などを伴って効率的ではない。関西エリアでの全店制覇には丸一日かかることがわかっているからである。思い切って九州まで飛んでしまえば、今日のうちに福岡・長崎の2か所(福岡中央支店・長崎出張所)を制覇し【注】、夜行で関西に戻ってきて、明日は関西エリアを総なめにすることができる。
 事前のプランニングの過程で、長崎から神戸に出る夜行バスの存在と、これが途中姫路に停車することを知っていた。姫路には今回の「爆走」プランの目的地の一つ、姫路駅前支店がある。プランニングの段階では、関西を基点に九州入りするつもりだったから、姫路から福岡までの夜行バスを探していた。しかし存在しないので別ルートを探したところ、姫路から長崎行きならバスがあるのを知ったのである。この時にはそれきり不採用にしたのだが、九州から攻め上ってくるのであれば話は別だ。この路線は活用できれば非常に有効である。
 インターネットで航空会社のwebページを検索する。コストパフォーマンス上、航空機利用であれば、福岡行きは安いスカイマーク便しか考えられない。今から空港に出向くことも考えると、羽田14:05発の福岡行き「005便」が最適だろう。これは、福岡空港に15時50分に着く。乗り継ぎ検索ソフトで、この便に乗るための電車を検索すると、最寄り駅を12:15に出る各駅停車に乗ればよいと判明。自宅から駅まで歩いて10分かかるから、自宅の出発時刻は正午と決定した。
 ここで時計を見る。11時。予定出発時刻まであと1時間である。洗濯物を室内に吊るし、シャワーを浴びて、制覇旅行に必要なものを用意する。といっても、行って帰ってくるだけだからお泊まりセットなど特別なものは要らないし、ふだん塾に出勤する際に使っているカバンには、もともと仕事の道具より「あさめぐ」関係の資料のほうが多く入っているから、カバンから塾のテキストなどを出せばそのままあさめぐ出発OKである。

【注】長崎出張所:前年(2002年)9月17日付で「長崎支店」から変更された。長崎支店は既に制覇していたが、店の種類が変わった場合は(通帳表記が変わらなくても)制覇し直す方針のため、この機会で再訪することにした。

2006年07月28日

プロローグ 激動の2か月を予感させる朝

2002.10.01(火)

 朝、いつものようにあさひ銀行のホームページをチェック。あさひの店舗一覧のページをブラウザのブックマークに登録していて、毎朝のHPチェックはそれで終わりである。しかし、この日は虫が知らせたのか、銀行のトップページに行ってみた。
 いつもと少し様子が変わっていて、画面上方に緑色の帯がついている。そうか、今日から持株会社の名前が「りそなホールディングス」に変わったんだっけ。緑はオレンジとともにりそなグループのイメージカラーである。私は色としては緑色が好きで、だからいい色がシンボルカラーになったと思っている。勤務する塾【注1】で緑色の服を着た生徒がいると、私はすかさず「あ、緑」と指摘する。私の好きな色が緑であるのは塾内では定着しているので、そうするとその生徒はキャーキャー喜ぶのであった(喜んでいるのか?)。
 閑話休題。それまで、リンクが張られているわけでもなく単に「りそなグループ」のロゴが入っているだけだった画面の右上は、「平成15年3月1日に大和銀行とあさひ銀行は事業再編により『りそな銀行』『埼玉りそな銀行』に生まれ変わります」とあって、そこに「分割・合併に関するお知らせはこちらをご覧ください」の文字もあった。銀行の合併でまず周知しなければならないのは、合併にともない取引に変更のある顧客に対しての変更点である。支店の名前とか店番号など、両方の銀行に同じものがあれば当然変更される。例えば「久留米支店」は、あさひと大和の両方に(しかも全然別の場所に)ある。というわけで、そうした変更の告知が出ていることを予測して、私は「こちら」をクリックした。思ったとおり「店名・店番号変更に関するお知らせ」があった。「一覧表」のリンクをクリックする。
 そこで私は大きな衝撃を受けることになった。一覧表の一番上に「店名・店番号は平成15年1月6日から変更となります」とある。これは合併前の日付ではないか。あわてて一つ戻ってみると、そこには確かに「以下の店舗におきましては再編前に店名・店番号を変更させていただくこととなりました」と書いてあった(ゴチックは為栗)。
 変更となるのは、名称変更が22店【下表上】、店番号のみの変更が18店。名称変更される22店のうち、天六・小阪・姫路の3支店は店番号も同時に変わる。
 店名の変更は半数が大阪府で、すなわち大和銀行のテリトリーである。これらの支店は、合併後に大半が重複店舗として統合の対象となるのであろう。あさひでも、協和銀行と埼玉銀行との合併後に、旧協和の埼玉県内の店舗が一掃されている。
 所在地は全く異なるものの、支店の名前がだぶっているため変更になるのが2店。前述の久留米支店(東京都東久留米市)は、大和の久留米支店(福岡県久留米市)と重複するため「東久留米滝山支店」に変わり、三田(みた)支店(東京都港区)は大和の三田(さんだ)支店(兵庫県三田市)と重複するため「田町支店」に変わる。
 あさひの「本店営業部」が消滅してしまうことには、あまり驚かなかった。合併の存続会社が大和である以上は仕方がない。「りそな銀行」の新本店は大阪の旧大和銀本店になるのだが、そちらを「大阪営業部」とし、東京のあさひ本店は「東京営業部」とする。この名称は、旧埼玉銀の東京本部だった「東京営業部」が「東京中央支店」に名称変更(1993.04.05)されて以来の店名復活である。同時に、新銀行には「本店営業部」というものが存在しないことになる。
 これらの変更【注2】が、大和銀との合併前に行われるという。私が関西エリアをあさめぐのため走り回っていた1998年1月からちょうど5周年にあたる時期にこれらが変更されることは、私に「あさめぐに走れ」という神の思し召しなのだろう。
 神の思し召しは良いが、学習塾の講師をして禄を食んでいる私にとって、それは曽野綾子の言葉を借りると「神さま、それをお望みですか」という印象であった。よりによって、塾講師の一番多忙な1・2月にやらなくても良いではないか。神奈川県の2003年度の公立高校入試は2月18日だが、入試前は無論のこと、3月頭の合格発表とそれに伴う情宣活動が済むまでは一息つけない。そして、合併前の最終営業日が2月28日。一番動きの取れない2か月なのである。
 だが、恐らく私は、店名が変わる21店(コンビニATMの母店となっているエーティーエム支店を含まず)を合併前に制覇するであろう。「あさひ銀行」でなくなったら「あさめぐ」ではなくなってしまうから、21店の制覇はさしずめ、あさめぐの「最後の爆走」といったところである。

【注1】勤務する塾:神奈川県内の学習塾で文系教科を教えていたが、2003年3月をもって退職した。
【注2】店名の変更:大和銀行主導の合併だが、「店名変更」に限っては実は大和側のほうが多い【下表下】。あさひの店舗のうち、再編後に「埼玉りそな銀行」所属となるものについては、店名が一切変更されなかったからである。ただし、店番号の変更も含めると、旧あさひの方が変更された店数が多い(旧大和店舗は原則的に店番号が変更されなかった)。


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2006年07月25日

「あさめぐ・最後の爆走 西日本地区15店+1店完全制覇」連載のお知らせ

 当ブログ「MEGU」で、28日(金曜)午前0時から新連載を開始します。
 今回は、2003年1月に福岡→長崎→兵庫→大阪→京都とハシゴをした体験記です。2003年1月、あさひ銀行は、大和銀行との合併を前に支店名を大量に変更しました。今回の連載は、そのうち西日本地区15店を全店制覇した際の記録です。草稿は2003年2月には書き上げていましたが、今回発表するにあたり若干の加筆修正を行いました。

 今回これを発表するのは、りそな銀行のシステム統合が終わり、旧銀行の壁を超えた支店統合(支店内支店の解消)が大詰めを迎えているという事情があります。9月中旬に実施される統廃合をもって、あさひ・大和合併に関しては重複店舗の統合がほぼ完了し、東京(大手町)と大阪(大阪中央)の両営業部を残すのみとなりました。こういう時期に、名称変更店の2003年当時の状況がどうであったか再確認しておくことは、非常に有意義だと思われます。

 分量は400字詰原稿用紙で140枚程度と若干コンパクトになりました。例によって、1日1本のペースでダラダラと掲載していきます。どうか最後までお付き合い下さい。

【おことわり】これから行われる支店統廃合について、文章を過去形で記している部分があります。いったん発表された統廃合が中止になる可能性がほぼないためです。ご了承下さい。


「あさめぐ・最後の爆走 西日本地区15店+1店完全制覇」

プロローグ
   激動の2か月を予感させる朝
2003.01.08(水)
 1 突如出発を決めたブランチタイム
 2 羽田空港へ向かう昼下がり
 3 なかなか離陸しなかったB767
 4 銀色の翼、鉛色の空
 5 16:41、福岡中央支店を制覇
 6 長崎まで、どう行くか
 7 18時02分発、かもめ37号
 8 20:15、長崎出張所を制覇
 9 夜の長崎を発つ
2003.01.09(木)
 1 予想外に寂しかった姫路の街
 2 朝一番、姫路駅前支店を制覇
 3 朝日輝く中、あさひ三宮支店へ
 4 09:14、三宮支店を制覇
 5 09:58、西宮北口支店を制覇
 6 阪神間モダニズムの中心地を走る阪急今津線
 7 11:03、箕面駅前支店を制覇
 8 予定変更、乗り換えついでに梅田を制覇
 9 12:33、守口土居支店を制覇
 10 京橋は、エエとこだっせ
 11 13:24、河内小阪支店を制覇
 12 梁瀬行雄氏の腕まくり
 13 14:11、難波駅前支店を制覇
 14 古きを大切に用いている南海電鉄
 15 14:47、嗚呼、泉大津西支店
 16 15:37、堺宿院支店を制覇
 17 大阪の下町情緒満点の阪堺電軌
 18 発見に難渋した堺筋本町支店
 19 白亜の殿堂、大和銀行の本店
 20 17:18、大阪中央営業部を制覇
 21 ミスと疲労が増幅された天六
 22 19:27、西日本地区全店制覇完了
 23 エピローグ


百聞は一見に如かず

2日間の行動範囲
posted by 為栗 裕雅 at 21:39| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ一覧(過去の連載など)
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単発(12)
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りそめぐ2011晩秋 都営バス最長路線[梅70]の旅(57)
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りそめぐ2009初秋 りそな銀千葉県内12店舗完全制覇(35)
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りそめぐ2008初秋 湘南セプテンバーストーリー(11)
りそめぐ2008冬 銀河に乗って知事選たけなわの大阪府へ(47)
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りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿(60)
りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える(12)
りそめぐ2007秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる(35)
2007年7月 りそな関西地区支店昇格5店完全制覇+α(43)
あさめぐ・最後の爆走 西日本地区15店+1店完全制覇(34)
2006年1月 りそめぐ「旧奈良銀店舗全店制覇」(53)
第四銀行めぐ 2005年(41)