2008年11月03日

あとがき・参考文献一覧

 「りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿」、11月2日をもって完結いたしました。
 最後までお読みいただいた方には、例によってダラダラと続いた連載にお付き合いいただき、御礼申し上げます。あとがき等も含めた分量は、最終的に約270枚(400字詰原稿用紙換算)となりました。
 記事の掲載は、本数と日数とを勘案して10月一杯できれいに終えるつもりでしたが、予定外の記事分割などを行ったため、11月にずれ込んでしまいました。私は明後日(11月5日)に40歳の誕生日を迎えますので、本連載は結果として私の「30代の最後を飾る連載」となりました。私が「不惑」!? いまだに信じられません。ようやく「立つ」ぐらいじゃないのか、という思いです。

 連載の執筆は、昨年中からぼちぼちと進めていましたが、今回は特に手間取りました。毎度のことながら時間の使い方が下手糞であることに呆れるばかりですが、幼少期からの生活習慣というのは如何ともしがたいようです。

 社会は日々流転しています。経済はのっぴきならない状況になりつつあるようで、日本でも金融破綻が発生。破綻したのは大和(やまと)生命保険でしたが、りそなのウオッチャーとしては字面にドキッとしました。それより、最近りそなホールディングスの個人株主になった者としては、このところの株安により株価が買い値の半分になってしまって絶望しております。十分に底値を見極めてから買ったはずなのに、なぜ「買ってから」暴落するのでしょうか。余裕資金はないので難平買いもできず、しばらくは塩漬けです。
 乗り物の世界では新幹線0系電車に続き名鉄7000系パノラマカーが引退、スポーツの世界では王監督や清原選手、マラソンの高橋尚子が引退。三浦カズヨシ氏は自殺しました。いろいろな意味で今が「時代の節目」であることは疑いないようです。この連載を数年後に読み返して「古い」と感じられることがあるかもしれませんが、あくまで 2007年11月の実体験と、その後の連載期間における「一面の真実」です。そういうものだと思ってお読みいただくことを望みます。

 この連載のような「文章を使っての自己主張」が、私の生き甲斐です。今後ともご支援・ご鞭撻をいただけますようお願いします。ご意見や情報提供をお待ちしています。このブログ「MEGU」は、コメント・トラックバックを歓迎していますし、私のメールアドレスも公表しています。

 なお、この連載の執筆にあたっては、以下のような書籍・webサイト等を参照いたしました。

参考文献一覧  紙媒体は発行年順、webサイトは本文掲載順(2008.11.02現在)
 『銀行総覧』大蔵省銀行局、各年版
 『株式会社愛知銀行営業案内』愛知銀行、1901年
 『牧野頭取講演全集』不動貯金銀行、1930年
 武者小路実篤『牧野元次郎』学芸社、1935年
 『不動貯金銀行創立四十周年記念写真帖』不動貯金銀行、1940年
 『三和銀行史』三和銀行、1954年
 『日本相互貯蓄銀行二十年史』日本相互貯蓄銀行、1955年
 『大和銀行四十年史』大和銀行、1958年
 『東海銀行史』東海銀行、1961年
 『日本金融史資料』大蔵省印刷局(昭和編第9巻 1964年、昭和続編付録第3巻 1988年)
 『大阪貯蓄銀行五十年史(草稿)』協和銀行二十年史編纂室、1965年
 『津市史 第4巻』津市、1965年
 『協和銀行史』協和銀行、1969年
 『本邦貯蓄銀行史』協和銀行、1969年
 『柏原市史 第3巻』柏原市、1972年
 『福徳相互銀行三十年史』福徳相互銀行、1981年
 『中国銀行五十年史』中国銀行(岡山市)、1983年
 『南都銀行五十年史』南都銀行、1985年
 『協和銀行通史』あさひ銀行、1996年
 『大和銀行八十年史』大和銀行、1999年
 常見耕平「貯金王牧野元次郎と雑誌『ニコニコ』」『現代風俗学研究』第7号 社団法人現代風俗研究会東京の会、2001年
 『富田林市史 第3巻』富田林市、2004年

 「銀行変遷史データベース」『全国銀行協会』http://www.zenginkyo.or.jp/library/hensen/
 『京田辺市観光協会』http://www.ikkyu-land.gr.jp/miru/shaji.html#ikkyu
 『関根要太郎研究室@はこだて』http://fkaidofudo.exblog.jp/
 永井義浩ほか「9173 建築家・関根要太郎(1889〜1959):戦前期の建築活動」『日本建築学会大会学術講演梗概集 F-2建築歴史・意匠』社団法人日本建築学会、1998年 http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0006383234
 関根要太郎「免震構造の実施に就て」『建築雑誌』第600号 社団法人日本建築学会、1935年 http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0004797904
 「免震講座・免震の歴史2」『潟_イナミックデザイン』http://www.dynamic-d.co.jp/contents/seismic/kouza/rekisi2.html
 『滑り台保存館』http://home.raidway.ne.jp/~iharay/suberidai/index.html
 「フェスタ立花」『ジオ・アカマツ』http://www.geo-akamatsu.co.jp/jisseki/000815/festa_tachibana.pdf
 『阪急西宮ガーデンズ』http://nishinomiya-gardens.com/index.html
 「津駅〜津新町駅」『多摩地区そして日本各地の画像集』http://tamagazou.machinami.net/index.shtml

 フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8
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2008年11月02日

2007.11.28(水)(19)エピローグ 帰りなんいざ東京へ

 今度こそ、東京への帰還の旅に出る。
 切符は四日市で既に買ってある。近鉄四日市駅近くの商店街をうろうろして、ようやく営業中のチケット屋を見つけたところまでは前述した。そこで買ったのが、東京−名古屋間の乗車券が5600円というもので、これに正規の自由席特急券(3980円)を別で買うと、9580円で東京まで行けるそうだ。渡された券は普通回数券が4枚1セットで、東京山手線内−東田子の浦・東田子の浦−浜松・浜松−岡崎・岡崎−名古屋。いちおうこれで名古屋から東京まで1本につながっている。自動改札は通れないから、有人改札を通れということであった。現金で5600円をポンと払ったのだが、果たしてこれは大丈夫なのだろうか。新幹線に普通に1枚だけで乗れる券は9600円で、20円高いだけならそちらを買った方が良かったかも知れない、と思わなかったわけではもちろんない【注】。
 乗った列車は、名古屋18:33発の「こだま548号」であった。こだまに乗ったことに深い意味はない。眠くなってしまったので、所要時間が少しでも長ければ車内での睡眠時間が増やせるかと単純に思っただけである。
 何の気なしに乗ったこだまという列車は、実は精神的なプレッシャーが非常に強い乗り物だということが分かった。理由は、ほぼ全部の駅で優等列車(のぞみ・ひかり)に抜かれるからである。それも、1駅で(1本だけでなく)2本続けて抜かれることすらあるのだ。のぞみに抜かれなかったのは、なぜか抜かれなかった掛川、追い越し設備のない熱海、東京に近い新横浜の3駅のみであった。掛川も、臨時列車の運転時にはひょっとしたら抜かれるのかもしれない。
 名古屋から東京までの所要時間が1時間延びるだけなのだが、とにかく「踏みつけにされる者の痛み」のようなものをイヤというほど感じてしまった。これは、のぞみ(ひかりも)に乗っていたのでは絶対にわからない感情である。追い抜く側にとっての追い抜きは車窓の1コマでしかないが、抜かれる側の列車に乗っている者としては、あいつらを先に通す間に自分は行く手を阻まれているわけである。単に各駅停車で時間がかかるということだけでなく、乗っていて「屈辱」であると思った。
 なお、「青春18きっぷ」利用の旅では、優等列車にここまで抜かれることはない。新幹線が並走している区間に在来線特急はほとんどないし、特急のある線では列車そのものの本数が多くないからである。

 こだま号では、豊橋駅手前の照明を煌々とつけたビニールハウスが印象に残った。電照菊の栽培である。品川に21:16着、JR山手線と私鉄を乗り継ぎ、都内某駅前のドーナツ店で時間をつぶして、ようやく「旅の人」から脱した私であった。

 【注】JRの東京−名古屋間の正規運賃(特急券などを含まない「素の運賃」)は6090円である。

<りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿 完>

posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

2007.11.28(水)(18)いちおう名古屋駅前支店

 17:44、近鉄名古屋に到着した。
 近鉄名古屋は地下の駅である。地上に上がるエスカレーターが「右空け」になっているのを知って、少しだけ感動を覚えた。もうここは近畿地方から脱して、名古屋独自の文化圏に入っているのだ。名古屋は、エスカレーターで急ぐ人のために段のどちら側を空けるかが東京と同じなのである。
 近鉄の一番前寄りの出口を出て、名鉄百貨店とJRとの間に出てきた。地上に上がってくると、目の前に大イルミネーションが見える。大阪丸ビルのような円筒形のビルが2本建って、ツインタワーになっている。ツインタワーというか、右側のビルが大きいように見えるけれども、とにかくこれが「セントラルタワーズ」である。
 駅の東側、広小路口に出た。2000年に高島屋などが入っているセントラルタワーズが名古屋駅ビルとして開業してから、この近辺はこのあたりだけで単独の観光地と化している。ここは「タワーズガーデン」というらしい。ものすごい数の電飾が輝き、オルゴール音楽なども流れている。クリスマスまであと1か月を切っているのだ。
 男やもめに用のない場所はさっさと立ち去ることにして、りそなの名古屋駅前支店を見ていこう。支店は、駅前にある大名古屋ビルの1階にある。駅前の横断歩道を渡ると「名古屋ビルヂング」というのが取り壊されて再建中のようだ。さらにもう1つ東山通りを渡ったところに、目指す「大名古屋ビルヂング」がある。
 りそなの支店は、交差点を渡る前から既に見えている。合併当初、名古屋駅前支店(旧あさひ銀)は、名古屋駅前とは呼びにくい場所(笹島)にあったのだが、現在は旧名古屋中央支店【注1】だった店舗を使っているので、大名古屋ビルという一等地にある。全体的な傾向として、大和は店舗の立地条件に関してはあさひ(協和)より良かった。
 写真については、やはり露光不足で思ったようにきれいには撮れなかった。したがって名古屋駅前支店は後日取り直しである。今回は「参考記録」としておこう。

 東山通りを栄の側にかなり寄った、大和証券の前まで来てしまった。地下道を渡れということなのか、横断歩道がない。仕方なく、ユニモール地下街の5番出口を降りる。
 地下街には、りそなの隣にある十六銀行名古屋駅前支店のキャッシュコーナーがあった。りそなもあるかと思って周囲を見てみたところ、ここにあるのは夜間金庫の投入口だけであった。夜間金庫は来年2月で営業終了という貼り紙が出ていて、りそな銀はどうやら全ての支店で夜間金庫をやめてしまうようであった。
 結局、ATMコーナーは1階窓口すぐ横であった。18:05、名古屋駅前支店を「いちおう」制覇した。ATMは5台あって、富士通ファクトAが2台、リーダスAK-1が1台、そしてオムロンJXの白が2台という構成であった。ATMコーナーはりそな発足当初の標準スタイルで、木目の壁に(行灯になっていない)緑の看板というスタイルに改装されていた。名古屋駅前支店は旧あさひ店だが、店舗は旧大和を使っているから、ATMの台数はオムロンの方が多い。でも、記帳機が富士通になっているところはあさひ系である。窓口ブースの透明な前面パーティションは、旧大和のカラーリングである銀と水色の線を、緑色のシールで隠してあった。
 名古屋駅前支店は、平日は有人窓口を19:00まで毎日開けている【注2】。名古屋地区でリテールの顧客を開拓する拠点という位置づけなのだろう。窓口の女性行員に聞いてみたところ、5時以降でも、通帳取引は(特別なものでなければ)通帳を預けてすぐに返してもらえるという話であった。他にも、この時間まで営業しているトラベレックスの外貨両替店がロビーにあり、またお客が休めるような形でソファが置いてあって、ジュースの自動販売機も備えている。市価150円のものは130円と少しだけ安めになっていた。水のペットボトルは100円である。このロビー部分は、窓口室が閉まると使えなくなるようだ。

20071128-08_Dai-nagoya.jpg

 【注1】名古屋中央支店:旧大和銀の名古屋支店。2000.09.11旧名古屋駅前支店を統合し大名古屋ビルに移転(旧所在地:名古屋市中区錦3-24-22)、2003.01.06(あさひ銀との合併に先立ち)名古屋中央支店に改称。2003.09.22名古屋駅前支店(旧あさひ銀)を支店内支店として受け入れ、2006.09.11名古屋駅前支店に統合。
 【注2】名古屋駅前支店の窓口営業:現金の扱いは17時まで。なお、名古屋駅前支店は2008年5月から平日夜間の窓口営業を中止し、他店と同様17時までの営業となった。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ一覧(過去の連載など)
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