2016年12月30日

大火5日後の糸魚川市を訪問

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 新潟県糸魚川(いといがわ)市は、年の瀬の2016年12月22日、約150棟を焼く大規模火災により、町の中心部が大きく壊滅しました。被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。
 私はもともと26日に新潟県を訪れる計画があり、27日は福島県の会津に回ってラーメンを食べてこようと思っていたのですが、急きょ予定を変更し、大火5日後の糸魚川市の様子を取材してくることにしました。どこかの野党党首とは違いまして、自分の休日を使い、しかも費用はすべて自腹であります。以下はその際の知見によって書かれたものです。


【写真はクリックで拡大表示されます(上の1枚を除く)

itoi-1.jpg 12月27日(火)、えちごトキめき鉄道の泊行き普通列車、直江津08:08発で糸魚川へ。直江津駅近くの旅館を出た時は小雨がパラつく程度だったが、列車の進行とともに雨脚が強さを増した。
 08:50糸魚川着。北陸新幹線の開業によりきれいに整備された糸魚川駅を、北側に出る。駅前広場の右にすぐ建っているのは、「ヒスイ王国館」といい、今回の大火で金融機関が臨時窓口を設けていた建物【右写真】。土産物屋や貸会議室などを備えた施設で、経営している株式会社は市の第三セクターと思われる。
 ヒスイ王国館を横目で見ながら、第四銀行糸魚川支店を目指す。前回訪れた際の目的地が第四銀の支店であったこと、今回も第四銀を中心に金融機関を見てくることが主目的であることが理由である。

 駅前の大通り(県道154号糸魚川停車場線)を北に向かい、最初の大きな交差点「大町」で左折すると、金融機関が並ぶ糸魚川市の中心街である。大町交差点に向かう途中の小さい路地に、通行止になっているところがあり、被害の大きさが案じられた。右前方に、大光銀行の糸魚川支店が見える。大光銀は今回被災していない。大町の交差点(丁字路)は、その手前にある。
itoi-2.jpg 左折すると、途端に、数十メートル先で建物が全部なくなっているのに気付く。「きれいさっぱり」ではない。黒焦げになったがれきが崩れたままの状態でところどころ山になっている。これでも、道路上のがれきなどは片付けられているのだろう。
 焼失区域の中に第四銀行と北越銀行の糸魚川支店があり、鎮火後にこの2つのビルだけ形を残しているのは、新聞報道などで写真(共同通信社配信)を見て知っていた。まず先に、前方左に見えるのが北越銀行【左写真左】。形を残していると言ってもこの状態である。北側半分の窓がすべてベニヤ板で覆われているから、ガラスが溶けたり割れたりしたのだろう。2014年9月撮影のグーグルストリートビュー【左写真右】を見ると、手前の道路と北越銀との間には、旧商店と旅館があったようだ。大火後の写真は、ストビューでいうと画面の左下、歩道の色が変わっているあたりで撮ったものである。
itoi-4.jpg 北越銀【左写真】の店内に入ってみた。店の前面は白い鉄板で覆われており、その前で行員が案内がてら箒で掃除をしている。おはようございます、こちらから入れますので、という声に従い、細い入口から中に入る。この出入口は、本来なら午後3時の閉店後に客が中から出るためのものだろう。窓口室はとりあえず焼けてはおらず、いちおう通常の形で営業しているようだった。しかし焦げ臭いにおいが充満しているし、気のせいか照明も少し暗いと感じられる。ATMは窓口室で1台だけ稼働している。これはもともと窓口室に置かれていた分だろう。大火後、北越銀行は糸魚川支店のATM稼働時間を窓口と同じ15時までとしているし、キャッシュコーナーの部分は鉄板で覆われているから、おそらくキャッシュコーナーが焼けたのだろう。
 大火前、店先には木製の雁木(がんぎ:今でいうアーケード)が付いていた。このあたりは明治時代の名残を残す古い町並みで、大町の交差点から始まるこの道にも「雁木通り」という通称名がある。鉄筋コンクリート造りの北越銀も、お付き合いで店先に雁木を設置したのだろう。この雁木に火が回ったと思われる。
itoi-3.jpg なお、北越銀の反対側は【右写真】のような状態。右(西)側の壁面が焦げていないのは、駐車場への通路に面していたため。

itoi-5.jpg 第四銀行の糸魚川支店は、北越銀の50mほど先にある【左写真左】。こちらも、窓にブルーシートを張ったりガラスをテープで補修したりと痛々しい状況。ただ、キャッシュコーナーは通常通り稼働しているし、北越銀よりは被害程度が軽そうに見える。第四銀の店頭に木製の雁木がなかったことが、被害の軽重を分けたのかもしれない。
 第四銀の店先に出ている看板【左写真右】。今回の大火は「糸魚川市駅北大火」という名前になったらしい。金融機関は、自ら被災しながらも被災者に対する支援を行うという社会的役割を担っているのだな、と感じた(右の看板に似たものは北越銀の店頭にもあった)。なお、糸魚川市の指定金融機関は第四銀行と北越銀行で2年ごとにローテーションしており、現在(2016年8月以降)は第四銀が担当している。
itoi-6.jpg 第四銀の隣は、江戸時代から400年近く続いたという造り酒屋だった【左写真】。加賀の井酒造という名称は、加賀藩が参勤交代の際ここに本陣を置いたことに由来するという。新潟県最古の酒蔵で、創業当時の記録など諸々の古文書も保存していたが、焼失したとみられる。第四銀が受けた影響は、隣接する造り酒屋が燃えたことが全てのようだ。報道された写真(朝日新聞社配信)で、外壁が黒焦げになっているのは、造り酒屋の本館建物があったところの北側である。前面半分の壁がきれいなのは、そこが酒蔵の庭だったことと、南から強い風が吹いていたためだろう。
itoi-7.jpg 先日ツイッターに出した、2010年当時の糸魚川支店の写真【右写真左】。バスの待合所のように見えたのは、隣の造り酒屋の店先に作られた雁木の部分だったが、前の写真のように焼失した。ストビューの写真で、木製の柱の背後に写っている文化財の説明看板が、そのまま残っている(文面【右写真右】)。
 このブログは銀行めぐりのブログであるので、第四銀糸魚川支店の“制覇”の記録を出しておこう。機械の配置は両替機+ATM4台。市の中心にある支店としては平均的な台数であった。制覇は09:10頃のことであった。第四銀のATMレシートには取引の時刻が印字されていないので、大まかな時刻しかわからない。

itoi-8.jpg 第四のさらに向こうを見ると、雁木通りの北側では京屋という和菓子店が西の限界である。店の東側は第四銀の第二駐車場であり、京屋はそのおかげで延焼を免れた【右写真】。雁木通りの南側では、京屋の10mほど東側、糸魚川信用組合の本町支店が大火の西限である。信組も被災はしたが、外見上は壁が焼けた程度に留まり、ATMと窓口は普通に営業している。さすが金融機関の建物は火に強いようだが、それでも被害が最も大きかった北越銀行を見ると「ある程度」でしかないようだ。なお、ここから雁木通りをさらに西へ行くと、富山第一銀行が糸魚川支店を出しているが、そこまで行ったことはないし、今回も行かなかった。
 とにかく、火が襲ったエリアはどこもかしこも真っ黒焦げ。「焦土」とはこういう状態をいうのだろうか、と思った。他所者・部外者の私が来てそう感じるぐらいである。この町で生まれ育ち、人生の記憶の大半がこの町にある地元の人は、さぞかし大きな喪失を感じているのではないかと思う。もちろん、焼け出された人にとっては、人生の記憶以前に生活の基盤まで喪失したわけである。
 そして、それをあざ笑うかのような土砂降りの雨。今日ではなく、あの火事の日に、このぐらい降ってくれればよかったのに。大火が起きた日のフェーン現象が尋常でなかったのは、東京にいてもよくわかった。あの日、東京は強い雨。かなりの暴風が吹き荒れ、気温も12月下旬にして摂氏20度まで上がったのである。その裏で、日本海側では乾いた強風が吹きまくった。よりによってこのタイミングで、火元となったラーメン店の店主は鍋を空焚きにしてしまったわけである。偶然の一語で済ませるにはあまりに重い不幸であると感じた。
posted by 為栗 裕雅 at 14:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

第四銀「完全」制覇(ではないか)

 暮れも押し迫った12月26〜27日、新潟県に出張し、懸案だった第四銀行長岡新産センター支店を制覇してきました。情報提供いただいたとおり、通帳には漢字で店名が印字されました(画像上)。
 この支店、店名の通帳印字が漢字になるのは入金の時のみで、出金時には半角カナになるという、変則的な扱いになっております。漢字になるかカタカナになるかは字数の関係だと思いますが、紙の通帳とインターネットバンキングとで表示が逆(後者は出金の時に漢字)となっているのは面白いと思いました(画像下)。個人の感想ですが、第四の隣にある北越銀行の支店は名称を「長岡新産支店」といいますので、第四も「センター」を外してしまってはどうか、と思います。
 タイトルはなんだか自信喪失した感じですが、「完全」という単語は安易に使わない方がいいと考えております。一応、今回で漏れはなくなったハズですが。

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posted by 為栗 裕雅 at 18:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

第四銀行の全店制覇を達成

 ツイッターでご報告したとおり https://twitter.com/shiteguri/status/807114469318868992 、2016年12月9日15時38分、第四銀行の全店制覇を達成しました。
 最後の制覇となったのは、津川支店(新潟県東蒲原郡阿賀町)でした。国道49号線を東に10kmも進むと福島県に入るという、山間の町にある支店です。
 なぜ津川が最後になったかというと、2016年中に第四銀めぐりをいったん完成させることにし、未制覇だった31か所を一気に車で回ったためです。31か所は大半が新潟市とその周辺でしたが、津川支店だけ際立って離れた場所にありましたので、第四銀めぐりの締めくくりとしてふさわしいと思われました。では、津川だけなぜ最後まで残ったかといいますと、福島県と新潟県とを結ぶJR磐越西線を、津川のような途中の駅で降りる機会がなかったため。一度模索したことはありましたが、支店は駅から川の対岸にあり、1.5kmほど離れているため、寄り道するには時間がかかり過ぎるとして諦めたのでした。

 これを機会に、私の「第四めぐ」を振り返ります。
 第四銀行で取引をして通帳に店名を記載した第1号は、2001年10月24日の横浜支店でした。当時横浜支店は路面店舗で、ATMも配備されており、取引をした結果は<ヨコハマ>と半角カタカナで記帳されております。当時はまだ、漢字で店名が記帳されるあさひ銀行(現りそな・埼玉りそな銀行)の制覇に注力しており、半角カタカナには魅力を感じなかったため、この時期の店名記帳は横浜支店ただ1つにとどまっております。
 第四銀の「めぐ」を初めて意識したのは、2003年4月22日の池袋支店でした。ATMで記帳した場合は店名が半角カタカナだが、窓口で記帳してもらった場合は漢字表記になる、という情報を得たため、自宅から一番近い店舗に行ってみたのです。この時が実質的に現状スタイルでの初制覇ということになります。以後、この年は大阪・富山・名古屋・会津(会津若松市)・札幌と、県外店舗の制覇が続きます。
 新潟県内店舗の制覇第1号は、2004年9月10日、小千谷市の東小千谷支店です。この日は同市と長岡市の計6店を制覇していますが、なぜ小千谷市が第1号になったか、自分でもさっぱりわかりません。2005年3月には、当ブログにも掲載されている上越線から佐渡島方面に至る34店の「めぐ」を実施 http://megu-shiteguri.seesaa.net/category/5644496-1.html 。翌月の2005年4月には新潟県北部へ出向き8店制覇、2006年8月には松之山代理店(十日町市)の統合にともない十日町から新井(妙高市)に至る12店を制覇しましたが、そのあと2007〜2009年の3年間は制覇がパッタリと止まりました。
 第四銀のATMは、2009年頃から現行の「AK-1」が導入され、この型のATMで通帳記帳を行った場合、窓口で記帳を依頼しなくても店名が漢字で印字されるようになりました。これをきっかけに、2010年2月の上越市方面から制覇を再開し、2011年11月には本町北支店(新潟市中央区)の統合にともない新潟市内を回りましたが、2012・13年は休止。以後、2014年は9月、2015年は2月、2016年は4月と、休止した年を除き年1回ほどのペースで新潟県内での「めぐ」を実施してきました。
 このままいくと全店制覇は東京オリンピックの頃あたりになりそうでしたが、心境の変化から2016年でいったん完成させることにしたため、今回最後まで残った31店を一気に攻めたわけです。レンタカーで一気に回るのは、効率的な半面、個々の店に対しての印象がどうしても薄くなりますから、できればローカル鉄道やローカル路線バスの旅をしながら、時間をかけてゆっくり制覇したかったのです(だから津川も最後まで残していたのでした)。しかし、池袋支店で初めて「めぐ」を意識してから13年が経過し、さすがに時間の掛け過ぎだとも考えました。

 最後に、百聞は一見に如かずで、2日間全32店の制覇の証拠をご覧に入れましょう。東京から夜行バスで新潟駅に着きましたので、新潟駅前にある制覇済みの支店(南新潟支店)を含めて32店です。9日の分は記帳してくるのを忘れましたので、インターネットバンキングのスクリーンショットをお見せします(クリックで拡大)。

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posted by 為栗 裕雅 at 12:12| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ一覧(過去の連載など)
大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇(24)
単発(12)
告知板(24)
銀行めぐ2015冬 みちのく銀秋田県全店制覇(29)
りそめぐ2013梅雨 大阪市営バス“最長”路線[93]を行く(43)
りそめぐ2011晩秋 都営バス最長路線[梅70]の旅(57)
りそめぐ2008秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる 東武伊勢崎線・野田線沿線17店舗の制覇(51)
りそめぐ2009初秋 りそな銀千葉県内12店舗完全制覇(35)
りそめぐ2008夏 りそな銀東京都世田谷区4店舗完全制覇(8)
りそめぐ2008春 埼玉高速鉄道で帰省してみた(18)
りそめぐ2008秋 太平洋は青かった 茨城→北海道750km大移動/銀行めぐ2008秋 札幌市内4行4店舗完全制覇(20)
りそめぐ2008初秋 湘南セプテンバーストーリー(11)
りそめぐ2008冬 銀河に乗って知事選たけなわの大阪府へ(47)
りそめぐ2008夏 「近畿大阪めぐ」スタート記念 片町線・京阪線沿線25店完全制覇(51)
りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿(60)
りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える(12)
りそめぐ2007秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる(35)
2007年7月 りそな関西地区支店昇格5店完全制覇+α(43)
あさめぐ・最後の爆走 西日本地区15店+1店完全制覇(34)
2006年1月 りそめぐ「旧奈良銀店舗全店制覇」(53)
第四銀行めぐ 2005年(41)