2017年04月05日

2014.07.18(金)(1)名古屋を出発

 私は徒歩で名古屋駅に向かっている。
 宿を出たのは05:40のことであった。道は早朝だからすいているが、すでに人通りも車の通りもちらほらと出てきている。太陽はすっかり上がっていて、空には少し雲が多いようだ。昨夜の天気予報では、岐阜県の18日の天気は、基本的には晴れ。降水確率は6〜12時が30%、12〜18時が40%、だと言っていた。まあ「いい天気」と言えるのではないか。
 宿舎は、名古屋駅から歩いて10分弱、地下鉄桜通線名古屋駅と中村区役所前駅のちょうど中間にあった。ホテルの部屋は1.5m×4mほどの縦長の部屋で、体感では畳3畳分あるかないかぐらいの狭さ。面積でいうと大阪・新今宮に多くある簡易宿泊所と大差ないから、これで2500円という価格設定は、逆にちょっと高いと言えるかも知れない。とは言え、改装したばかりできれいだから、快適とは言わないまでも安い宿として十分だと思った。ただ、目覚まし時計が部屋になくて、起床は自分の携帯電話のアラームを使用した。起きられるか不安だったが、どうにかなった。エアコンを切っていたせいもあって、起きた時汗びっしょりだったから、あまり良い睡眠ではなかったと思う。
 昨夜はホテルから散歩に出た。宿は太閤通りという東西に走る有名な通りに面しており、真っすぐ東に向かうとりそな銀行の名古屋駅前支店が控えている【注1】。ここで1万円を千円札10枚で引き出して、翌朝一番の「めぐ」に必要な千円札を確保した。その後は栄の繁華街まで歩いたけれども、これといって食べたいものもなし、味噌カツなら食べてもよいと思っていたが、結局は何も食べないまま、地下鉄で宿に戻ってきたのだった。
 さて、駅へ行く前に、昨夜見つけておいたサークルKに寄る。ここで、幕の内弁当と日経新聞の朝刊、それから2リットル入りの飲料水を1本思い切って買ってしまった。少し重たいのが嫌だけれども、水は少々ぬるくなっても何とか飲める。ここからしばらくは電車での移動が主になるから、(どこで飲み切るかにもよるが)少々重くても大したことはないハズだ。
 買い物を済ませて駅に向かう。名古屋に本拠を置く大手予備校、河合塾(名駅校)の大きな校舎が目を引く名古屋駅の西口は、博多駅東口などと似た感じの庶民的な賑わい方をしている。銀行は、三重銀と北陸銀が見える。富山市に本店を置く北陸銀は、駅からの距離がややあるが、角地に巨大なビルを建てている。これは中村支店だそうで、ということは名古屋支店が別にあるわけである。三重銀は名古屋駅前支店。三重銀・北陸銀とも、大垣共立銀行とはATMの無料提携協定を結んでおり、出金だけでなく入金もできる。“制覇”ができないのが残念だが。
 発車10分くらい前に中央口改札を抜け、関西線の出る13番ホームに入ってきた。隣のホームには武豊線の普通列車が止まっていて、ディーゼルエンジンがガラガラと音を立てている【注2】。関西線の電車はとっくに入線していると思っていたが、まだ入っていなかった。まだ6時になったばかりだというのに、じっとしていても汗が噴き出してくる。雲が多いので日差しはあまり強くなさそうだが、湿度がかなり高い。先が思いやられる。早く電車に乗せて下さいよ、始発駅なんだから。
 冷房がいちおう付いている待合室をホーム上に見つけて入ったが、この時間に冷房が効いているわけもなかった。

 《この列車は折り返し普通列車亀山行きになります》とアナウンスがかかり、目指す電車がようやくホームに入ってきた。こんな朝早くから折り返し列車というのは少し驚いた。発車時間の5分前に着いて折り返すとは、相当ギリギリで回しているダイヤのようだ。
 来た電車は、転換クロスシートの3両編成であった。313系の1500番台というらしい。グレーの内装に青い座席で、質実剛健というか、いかにもJR東海らしい車両だと思った。折り返し列車なので、冷房だけはきっちり効いていて助かった。着席してすぐ、コンビニで買った幕の内弁当を広げる。期待していなかったせいか、弁当は思ったより美味しかった。
 名古屋06:09発。いつの間にか発車していた関西線の電車は、右に大きくカーブしてJRの車庫の横を通過し、間もなく高架に上がった。紅白に塗られた近鉄の電車が、右横を追い抜いていった。この電車の1分後、06:10に近鉄名古屋を出る急行鳥羽行きである。あれで行くと桑名の到着はこちらより早いが、運賃がJRより高いので選択しなかった。
 八田駅の先、庄内川を渡る手前で近鉄の線路がJRをオーバークロスしていった。川のほとりには「大名古屋温泉」という昔ながらのヘルスセンターの大きな建物が建っているが【注3】、2014年3月で閉鎖になったそうだ。このあたりの関西本線は単線である。マンションなども建ち始めているけれども、田畑が残っている。2つ目の春田駅は周辺に高層住宅が建ち並ぶ新しい駅だが、その横を流れている川は護岸工事がされていなくて、岸が自然のまま。近鉄でも駅の改札内に踏切が残っていたりするなど、名古屋は開発が進んだところとそうでないところの差が大きいようだ。
 3つ目の蟹江駅で早くも名古屋市から出てしまい、同時に郡部(海部郡蟹江町)に突入する。名古屋駅を離れてわずか3駅で、用水路に浮き草がびっしり浮いている。耕作している水田の様子を、私はここ蟹江で久しぶりに見た気がする。「平成の大合併」で弥富市の中心駅となった弥富駅は、標高-0.93mで《地上で日本一低い駅》という看板が出ている。津島市に向かう名鉄尾西線の線路が右の方に分かれていった。関西線は弥富から複線となり、本日初の大きな鉄橋を渡った。これまでにも中小の鉄橋はいくつか渡っているが、なかなか渡り切らない長いものはこれが初めてだ。この鉄橋は木曽川に架かっているようである。
 三重県に入っても、車窓の風景は弥富付近とさほど変わらない。ただ、マンションなど背の高い建物は減ってきた感じで、一戸建て住宅ばかりになった。建物も古いものが少し多くなってきた。この辺りでは水田の稲穂が垂れて部分的に黄色くなっているから、もしかしたら稲作の二期作でもやっているのだろうか【注4】。輪中の石垣上に建った古い民家の壁に「名産真珠漬」の琺瑯引きの看板が見える。ここで、2本目の大河川を渡る。船着き場に小舟が止まっていたりなど、川が生活の中に根付いているのを感じさせる。これは長良川である。渡り切ったと思ったら、道路を挟んでもう1本大きな川を渡った。こちらが揖斐川である。長良・揖斐の2つの大河川の境界は、1本の道路なのであった。
 2本の大河川を渡ったところで、関西線の線路は左に大きくカーブする。名古屋から西に延びる線路が、真南に向きを変えた。ということは、そろそろ桑名駅に到着するハズである。やはり、右の車窓は水田がほとんどなくなって、建物の密度が高くなってきた。窓の外を走る道路も車線が増えてバイパスのようになってきている。さあ、降りる準備をしよう。

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 【注1】名古屋駅前支店は2017年3月13日、JRゲートタワー29階に移転した。
 【注2】武豊線は2015年3月に電化された。
 【注3】解体済み。
 【注4】このあたりは稲と麦の二毛作。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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