2017年04月08日

2014.07.18(金)(4)[松山]を制覇

 美濃松山駅で降りた時から、もう大垣共立銀行の緑色の縦型看板が見えていた。セブンイレブンの手前である。ATM小屋は、国道258号線松山交差点の北東角にある駐車場内にあった。家具店の看板が出ているが、看板だけなのか土地も所有しているのかは知らない。駐車場は東西2つに分かれ、その間がフェンスで仕切られている。所有者が違うのかも知れないが、フェンスのどちら側も駐車場であるのは変わりがない。国道側の駐車場入口には《大垣共立銀行キャッシュコーナーのお客様以外は駐車および通行ご遠慮願います 地主》という緑色の看板が出ている。「大垣共立銀行」の文字がロゴタイプであるから、銀行が作った看板だろうか。私はキャッシュコーナーの客であるので、土地の真ん中を堂々と通行してATM小屋に近付いた。
 [松山]のATM小屋は、大共ではよく見られるスタイルの小屋である。一部が青緑色に塗られたステンレス製で、このタイプの小屋は1992年12月から各地に配備されている。ステンレス製のパラペットのようになった部分には大共の緑色の行灯看板が取り付けられている。それが、入口自動ドアの上に1mぐらい張り出して、入口部分の庇を兼ねている。壁面は駐車場側から見ると左2/5が緑色に塗られており、そこが機械室になっている。中央の1/5がステンレス無塗装の銀色、その右側1/5がガラス張り、残りの1/5が小屋の外ということになる。機械室部分の屋根は後ろ向きに傾けてあって、流れということを意識した少ししゃれた輪郭になっている。小屋の右2/5、つまり客が出入りする部分の屋根は、透明な強化ガラスで出来ている。横から見ると直角三角形になっているこのガラスの屋根は、機械室部分の屋根と形状が合わせてある。
 入口の自動ドアを開けて中に入ると、室内には自然光が差し込んで明るいイメージであった。ATMは、富士通のファクトVモデル20(FV20)という機械が1台だけ稼働している。母店は南濃支店であった。
 さっそく制覇をしてしまおう。私は通常、銀行めぐりの「制覇」について、入金→出金の1サイクルで行っている。合理的な理由があるわけではないが【注1】、ずいぶん前からそうしている。大垣共立銀行は、ATMでの出金は8時まで時間外手数料がかかるので、ここ[松山]と次の南濃支店での制覇作業は、入金2回で行う。昨日千円札を調達したのは、このためである。ここだけ通帳の表示がイレギュラーになってしまうが、止むを得ない。
 ATMを操作。07:19、本日の第1号となる[松山]を制覇した。

 店舗外ATMの南濃支店松山出張所は、2001年3月に開設された。海津市内4店の代理店化に伴い、母店は2015年2月2日から海津支店に変更されている。
 当地の大垣共立銀行ATMは、もともとは「かどます」というスーパーマーケットに置かれた店舗外ATMで、1988年11月に最初に開設された際には[かどます松山店]という名称であった。かどます松山店は、現ATMの隣接地、現在セブンイレブンのある場所にあった。
 かどますを運営していたのは、現海津市南濃町駒野に本社を置いていた、滑p増という食料品スーパーの会社である。同社は1883(明治16)年に青果物の小売業から創業し、1968年6月に法人化した。1981年に複数店舗の展開を始め、最盛期には8店舗を営業し、30億円以上の年商を上げていた。競争の激化に伴い、1995年からは不採算店舗を「ケイ・バリュー」というディスカウントショップに転換して巻き返しを図っていた。しかし、1999年9月、岐阜地裁大垣支部に自己破産を申請する。負債額は13億円ほどであった。
 店舗は松山店のほか、同じ南濃町の駒野本店、高須(海津市海津町)、今尾(海津市平田町)、高田(養老町)、羽島(羽島市)など。これらのうち3店舗に、大共のATMが置かれた歴史がある。松山以外の2店についてもここで触れておくと、平田町今尾の店舗外ATM[かどます今尾店]は1989年4月の開設、母店は今尾支店で、機械はスーパーの店内にあった。1999年9月、スーパーの閉店と同時に廃止されたとみられる。羽島市足近町にあった羽島店には、1995年12月に羽島支店を母店とする[ケイバリュー羽島店]【注2】が開設されたが、翌年には早くも廃止されており、短命であった。
 松山店のATMについては、今尾店よりも遅く2000年度まで稼働していた。これは、店舗外ATMがスーパーの店内ではなく屋外の小屋であったためと推定される。閉店したショッピングセンターの敷地内で大共ATMが稼働を続けているケースは、現在でも[ショッピングプラザ・アミ](垂井町)のような例がみられる。ともあれ、2001年3月、[かどます松山店]は[松山]として隣接地に生まれ変わった。なお、かどますの松山店・今尾店とも、屋号は「ケイ・バリュー」に変わっていたが、大共のATM名は廃止の時まで「かどます」のままであった。
 この松山という地区には、駅の近隣にいくつか住宅団地が開発されており、ATMの設置もそうした住宅地への便を図るためのようだ。桑名駅からの最終電車はここ美濃松山止まりであり、通勤客とその世帯が多いのだろう。

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 【注1】かつてあさひ銀行で「めぐ」を始めた頃、店舗外ATMに出かけたものの、制覇ができないことがあったため。普通預金の残高が1000円に満たず、配備されていた機械がATM1台・CD1台で、ATMが故障していたため入金ができなかった。CDを見かけない現在では意味がなくなったと思われていたルールだが、最近になって第四銀行の「めぐ」で入金時と出金時で店名記帳が異なるケースに遭遇し、1回の制覇で入金と出金の両方を行うのは正しい行動原理であったと判明した。
 【注2】大共の出張所名は中黒なし。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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