2017年04月12日

2014.07.18(金)(8)天井川をくぐって

 アテンダントとやり取りしながら、私は窓の外に注意を払っていた。間もなくこの電車は、短いトンネルに入るハズなのである。このトンネルこそ、養老鉄道を特徴づけるもので、天井川をくぐっている。果たして、電車はトンネルに入り、すぐに抜け出した。
 天井川については、地理の時間に聞いたことがあるかもしれない。天井のような位置関係で自分の頭上を流れている川、ということだが、関東地方に住んでいると実際に遭遇する機会は意外に限られると思う。かくいう私も、意識して接したのは今回が初めてであった。
 頭上を流れるような川がなぜできるか、ここで確認しておこう。天井川は、扇状地にできることと、そこである程度の人間生活が営まれている場合に限られることの2つが重要である。天井川は自然の状態でできるものではない。
 養老鉄道の西側にそびえる養老山地という山脈は、傾動地塊といって、土地の塊が切れ目(断層)のところから傾いた状態で持ち上がって山脈になったものである。大まかには、スポンジケーキを半分に切って片方だけを傾けながら持ち上げたような形、といえば分かってもらえるだろうか。養老山地を海津市側(東側)から見ると、平野から突然山が始まっているように見えるけれども、これは断層を境に地塊が持ち上がったことの証拠である。一方、山脈の西側にあたる三重県いなべ市では、小さな山が無数に広がっており、全体としては起伏が激しいわけではなく、東側とは景観が異なっている。
 傾斜の急な地域では、風雨で表面が削られる侵食のペースも速く、崩された山の表面(砂や石)が水の流れ(川)によって下流に運搬される力も大きくなる。水に流されて山肌を駆け下りた砂や石は、谷が平野に接するところで同心円状にぶちまけられる。傾斜が緩やかになると運搬能力が落ちるためである。こうしてできるのが、扇を広げたような形をした扇状地であった。南北30kmにわたる養老山地には、その東側に14面ないし16面の扇状地がある。山の上から流れてきて扇状地に達した水は、いったん地下に潜り、扇状地の端で再び地表に出た後、すぐ揖斐川に流れ込んでしまう。
 この状態が繰り返されても、扇状地は全体的に高さを増していくだけで、川の部分だけが“天井”になることはない。川の流れが高いところに上がるのは、人間が川の流れをコントロールしようとして、堤防を築くせいである。堤防によって川の流れる場所が固定されると、それまで扇状地全体に同心円状にばらまかれていた土砂が、堤防の中だけで堆積されることになる。堤防内に土砂が堆積すると堤防の効果が薄くなるから、やがて高さを増す工事が行われ、堤防内を流れる川は引き続き土砂を堆積し…の繰り返しで、やがて川の流れは人間にとっての天井ほどの高さにまで達するというわけである。
 人間生活の営みと書いたけれども、人間は扇状地のどこに住んでいるのだろうか。扇状地はおおむね3つに分けられる。最も標高の高いところを扇頂、最も低いところを扇端、それ以外を扇央という。集落は、扇端部、扇状地の裾に沿って細長く続いていることが多い。その理由は、扇端部分には豊富な湧水があるためである。山の上から流れてきた水は、扇状地に入ると地中に潜り込み(伏流という)、扇端部分で湧き水の形で再び地上に顔を出す。水道のない時代には、生活用水をこうした湧水により賄っていた。一方、扇央部では、堆積した土砂の粒が荒いこともあって、水が地表から消える。このため水稲耕作はできず、放置されて雑木林になったり、使われる場合は水がなくても育つ植物(主に樹木)を植えた畑にしている。樹木の畑は、明治期以降の養蚕が盛んだった時代には桑畑、それが衰えると果樹園に転換したケースが多い。
 この地に関していうと、集落より川に近い部分は標高が低く、揖斐川が増水すると洪水の危険が生じるため、(他にも理由はあるのだろうが)養老鉄道は集落よりも山側を走っている。鉄道は、扇状地では扇端付近を走り、川は線路を築堤で持ち上げて鉄橋で越えるか、天井川の場合は短いトンネルでくぐっていることが多い。特に、養老鉄道の開通した大正時代、鉄道は勾配にとりわけ弱かったため、余計にそうである。
 といったあたりが、この近所の地形的な特徴であった。

 石津の次の美濃山崎は、交換駅であった。周辺に民家が多少固まって建っているけれども、人の気配はあまりしない。後で知ったが、養老鉄道の全27駅中、この美濃山崎駅の乗降人員が最も少ないそうである。このあたりに来ると、国道は山寄りの高いところを走っており、養老線の通るところだけ取り残された感じがする。アテンダントの女性は美濃山崎で降りた。
 列車の交換はなく、すぐに発車した。美濃山崎駅を出てすぐ、レンガ造りの古いポータルの付いた非常に短いトンネルを、2本立て続けにくぐった。ここも天井川のトンネルである。右の車窓は、堤防の向こうに大きな川と、大規模な堰が見えている。そうかと思うと、小さな山と山の間を突き抜けていくようなところがあったりして、陸地の奥へ入ってきた感じが強まってきた。土地の利用としては水田が相変わらず多いけれども、畜産をやっていたり、ブドウ棚なのかツル性の植物を這わせているところもある。
 鉄橋を渡る。いま渡った川は完全に涸れていて、水は流れていなかった。天井川ではない川も、扇状地に特有の水無川になっている。そして、駒野駅の手前で、養老鉄道は平屋建ての建物を完全に見下ろすぐらいの高い築堤を走るようになった。養老線の線路は、築堤だったり、山と山の間を突っ切ったりして、クネクネと曲がりながら走っている。激しくはないが、地形の起伏が相当あるのを感じた。

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posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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