2017年04月18日

2014.07.18(金)(14)いよいよ自転車で漕ぎ出す

 09:11、私はついに、駒野駅から自転車で美濃地方西南部の大地に漕ぎ出した。予定より4分早い。というか、順調に予定どおりと言ってしまって差し支えないだろう。
 さっき通った駅前の下り坂を再び下りるが、大垣共立銀行駒野出張所に行く時曲がった四つ角までは行かず、1つ手前で右に曲がる。時間が止まってしまったような古めかしい家並みの中、ゆるい坂道をゆっくり下る。古い街並みはだいぶ歯抜けになっていて、更地になったところが多い。右カーブの先にはNTTの交換所のような施設があり、書店が1軒。この地の郵便局(南濃局)は集配局のようだ。郵便局の先には「おしゃれ洋品」の文字を付けたしもた屋が1軒。パラペットは白く塗りつぶされている。ローマ字の屋号は「hya Ka Do」となっている。ヒャッカドウと読ませたいのだろうがヒャカドウとしか読めないし、大文字と小文字の使い方も危なっかしい。私は編集の仕事をしていたことがあるので、どうしてもそういうところに目が行ってしまう。
 間もなく丁字路で突き当たり、ここで右折すると養老線が頭上を越えている。この丁字路から、上り坂が始まっていた。養老線のガードの先に、コンクリの万年塀が続いているのが見える。さっき駒野駅から見えたナイガイテキスタイルの工場である。だいぶ古めかしい工場であるのは駅から見てもわかったが、改めて古さを感じた。この工場は1933年にできたそうである。東海毛糸紡績という会社の毛糸工場であったが、1943年5月に東洋ベアリング製造(現NTN)に売却されてベアリング工場となった。戦後1948年9月に内外綿(現新内外綿)に譲渡されて紡績工場になっている。ナイガイテキスタイルは駒野工場を1978年2月に分社した時の社名である。
 自転車の漕ぎ加減が大体わかってきたところで、いったん止まる。サドルが低いので高さを調整した。ネジを回して座面を動かしながら、私は少々の不安に駆られていた。この自転車、果たして大丈夫なのだろうか。ペダル周りはガタガタしているし、チェーンも噛み合わせがガクガクいっている。これから40kmもまともに漕げるのかしら。少額100円とはいえ、金を取っている以上はまともに走れるのを貸してくれないと困るのである。しかも、駅前からここまで数百m走っただけだが、今日これからの道程は思ったより起伏が激しそうであった。
 まあ、愛車を信じるしかない。再び自転車を漕ぎ始める。テキスタイルの正門前からなだらかな上り坂を上がり、対面2車線の幹線道路にぶち当たった。この道が、県道8号津島南濃線、つまりさっきの南濃庁舎の前につながる道である。角には焼却炉の展示販売をやっているコーナーがある。カーディーラーがガラス張りの店内に新車を置いているような感じで、焼却炉を野外で展示している。カーディーラーとの違いは、道から展示場所に24時間好きなように入れるところである。焼却炉展示場の隣は、コイン式精米所であった。
 そんな四つ角で左折して県道に入ると、長い下り坂であった。ようやく、気分の良いひと時がやって来た。自分の体重だけで一気に坂を駆け下りる。自転車のペダルがガクガクいっていることは一瞬忘れた。ただ、心配性の私は、駅に戻る時に上り坂になるのではないかと怯えてしまう。ともあれ、下り坂が始まるあたりから人家はなくなった。
 右側を川が流れている。羽根谷という名前の川だが、これは天井川ではなく普通の扇状地の川で、道路より低いところを流れている。県道はその横を切り通しで下がっていくように見える。切り通しのようになっているのは川の堤防で、ここは道路に接する部分の斜面をコンクリで固めている。だいぶ擦り切れているけれども、「薩摩カイコウズ街道」とペンキで書いてあった。
 養老鉄道のガードがまたあり、それをくぐると頭上にはオーバーパスがもう1本。こちらは大共駒野出張所の前に続いている。オーバーパスで県道を越えなければ、少し先でこの道に合流できる。今思えば駒野出張所の前からここに出てくればよかった。

 坂を下りきって平地になったところで、揖斐川の堤防道路とクロスし、その先には長大なブルーの橋が架かっている。大きな川が左から右に流れ、川下側には大きな堰が見えている。この巨大河川が揖斐川であり、それを越えた先が、次の目的地・高須であった。
 揖斐川を渡る橋は、欄干以外に何もないシンプルな外観をしている。1972年11月竣工というこの橋は、福岡大橋という。福岡は揖斐川を渡ったところの地名である。「福岡大橋」というが、正確には同じような体裁の橋が2本連続で架かっており、川も2本ある。手前、西側の橋は津屋川橋というそうだから、まあ常識的には手前の川は津屋川という名前なのだろう。養老線には駒野の北隣に美濃津屋という駅があるから、そのあたりを流れてくるのだと思う。調べてみるとその通りであった。なお、大正から昭和にかけての一時期、大垣共立銀行は津屋に出店していたことがある【注】。
 というわけで、津屋川を渡り、揖斐川を渡る。この橋は対面2車線の黄色センターラインの道で、車道の両端に一段上がった歩道が付いている。歩道と車道を隔てるガードレールはパイプ。ビル工事などで足場に使うようなパイプを使ったガードレールだが、恒久的なものである。福岡大橋(実は津屋川橋)を渡ってくると堤防がもう1本あって、この堤防の先が本当の福岡大橋となる。2本の川は左から右の方に流れていくハズだが、どちらもよどんだように水がたまっている。福岡大橋の欄干につけられた看板には《木曽川水系揖斐川、河口まで23.4km》とあった。河口から20km以上も離れたこの地で、これほどまでに流れが止まっているということは、川の傾斜が緩いのだろう。後で福岡大橋周辺の標高を調べてみると、1.2mとか0mとかいった数字が出てきて唖然とさせられた。標高が極めて低いのである。これでは流れていかないわけだ。
 福岡大橋は、揖斐川の水の上に架かっている部分は半分ぐらいで、残りの半分は草地が広がる河川敷になっている。右岸側(西岸)に1/5ぐらい河川敷の真平らなところがあって、2/5ぐらい水面。残り2/5がこれまた真平らな河川敷である。西岸を見ると、小舟が2〜3隻係留してあった。山本周五郎の『青べか物語』に出てくる「べか舟」みたいな感じだが、今の世でも水際でいろいろな生活をしているものだと思う。左岸側、東岸の河川敷は、大きく除草されて真っ平らな土地として整備されているけれども、川との境界は、水がひたひたしている中間領域のようなところで、草や木が生い茂っている。南の島のマングローブみたいな感じの植生が、東岸だけでなく西岸にもあった。植物の名前は全く分からないが、広葉樹。水際のじめじめしたところには、こうした木が好んで生えるようだ。

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 【注】1918.07.19津屋代理店開設、1925.10.30津屋代理店廃止。1928.03.01津屋出張所開設(養老郡下多度村大字津屋1779、現海津市南濃町津屋1779)、1928.12.31津屋出張所廃止。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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