2017年05月02日

2014.07.18(金)(28)今尾支店を制覇

 次の目的地は、ここ[ヨシヅヤ海津平田店]からすぐ近いところにあるハズの、今尾支店である。
 ヨシヅヤから今尾の中心地に入ってきた。地図で見るとヨシヅヤの西側ということになるが、もう方向感覚が目茶苦茶だった。大垣共立はどこにあるのだろうか。いちおう目抜き通りのような道に入ったから、この近くだろうとは思う。まだお昼前だというのに、小学生が集団下校していくのに遭遇した。考えてみれば、今日は7月18日の金曜日。終業式だったのだろう。
 かつては賑わっていたと思われる商店街だが、店はずいぶん歯抜けになってしまい、商店街というには淋しく感じる。店舗の半分ぐらいは、もうすでに商店ではない。昔は商店建築だったのだろうが、建て替えの時に普通の民家にしてしまった感じの家が多い。残りの半分、商店の形態を維持している建物のうち、さらに開けて営業しているのがそのまた半分ぐらいであった。角の菓子店では饅頭を扱っている。自転車屋とおもちゃ屋は開いている。歯科医が立派な建物、というかきれいな建物を建てている。
 揖斐川の河港として発達した今尾の町は、関ヶ原合戦後間もなくできた今尾藩の中心地で、廃藩置県の際には一時的ではあるが「今尾県」の県庁所在地だった。今尾県は1871年7月(陰暦)にスタートし、1872年1月(陽暦)【注1】に早くも統合されて岐阜県になっているから、わずか4か月の間であった。廃藩置県当初は旧藩をそのまま県としたため、3府302県でスタートしたが、のちに統廃合によって現在のスタイルになったのである。そんな「県都」であった今尾の町は、商店街としては規模が相当に大きかったようだ。今の時代には軒並み建物が歯抜けになっているが、その昔、ここや高須の町に行く時には、正装で行くぐらいの緊張感があったのではないかと思う。なお、今尾については、建物の土台を高く上げている印象は薄かった。平田靱負の名前を採って平田町としていたぐらいの地域であるから、このあたりも水害に襲われやすいハズだが。

 そういう町並みの中に、緑色の縦型看板が見えた。ありました、大垣共立銀行今尾支店。この支店の看板は、建物や柱から袖のように飛び出した袖看板ではなくて、地面から直立している。直立型の看板は最近の流行りのようである。支店の向かい側は「三菱電機ストア」であった。かつてどこの町にもあった、大手家電メーカーのフランチャイズ店。この店は「三菱ビデオファンタス」の看板を付けている【注2】。ファンタスというビデオデッキは、日本テレビ系の刑事ものドラマ『太陽にほえろ!』でCMを見た記憶があるから、1980年代の製品だと思う。YouTubeで検索してみると、1987年頃まではCMがオンエアされていたようだ。
 支店入口の上部には、「大垣共立銀行」という金属製の切り抜き文字が付いている。その並び方が少し気になった。「共立銀行今尾支店」という切り抜き文字を、ひさしの中央にバランス良く付けていたところに、「大垣」の2文字を左に無理矢理追加したようで、危ういと感じられる配列であった【注3】。建物に入ってみると、ここのキャッシュコーナーには機械枠が最初から2台分しか用意されていない。そこが2台のATMで埋まっている。営業店は2台、店舗外ATMだと1台というのが、大共のこの地区での標準的なATM配置のようだ。ATMの機種構成は近所の他支店とまったく同様で、富士通FV20が2台、そのうち1台が手のひら認証対応であった。他店と異なるのは、手のひら対応が左側の機械であることだったが、向かって右側で統一しているわけでもないのだろう。窓口室は結構広かったが、私が覗いた時にはお客は2〜3人しかいなかった。
 例によって制覇作業をしなければならないが、2台しかないATMは1台が点検中で、《作業中、ご利用できません》の札が出ている。もう1台は先客が使っているが、結構時間がかかりそうだ。その間に写真撮影を済ませてしまおうと店の外に出た。正面の大事なところに車が止まっている。持ち主は、と目で追うと、ATMを使っていた。文字に到底できないような言葉を心の中で吐いた。
 数分ののちに、ようやく自分の番が回ってきた。機械を操作。11:14、今尾支店を制覇した。

 今尾支店は、1901(明治34)年1月に七十六銀行今尾支店として開設されたのが始まりで、1928年5月の大垣共立銀行合併により同行の今尾支店となった。当初から現在に至るまで、今尾支店はこの場所にある。一方、七十六銀行と合併する前の大共は、1905年6月当地に今尾代理店を開設し、1910年6月今尾派出所、1912年8月今尾出張所とした。今尾出張所の所在地は大字今尾565番戸ということだが、現在のどこに該当するかは判明しなかった【注4】。今尾出張所は七十六銀行を合併する直前の1928年3月に今尾支店となり、同年5月の合併により旧七十六銀今尾支店に移転した。1935年5月に店舗を改築し、現店舗は1974年3月に新築している。2015年2月、支店から代理店に変更されたのは、海津市内の他の店舗と同様である。
 所在地の自治体名は、1955年2月の1町1村合併により今尾町から平田町に、2005年3月の3町合併により平田町から海津市に変わっている。

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 【注1】陰暦では1871年11月。
 【注2】「めぐ」後間もなく看板類は撤去された。
 【注3】2015年2月の代理店化に伴い、今尾支店の店頭の切り抜き文字は、無塗装金属製からプラスチック製の緑色を入れたものに変わっている。代理店化されなかった高須(改め海津)支店も含め、海津市内の営業店はおおむねこういう感じのようである。
 【注4】「番戸」は建物に対して振られた番号であり、地番や番地などとは違うため、調査がいっそう困難となっている。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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