2017年05月06日

2014.07.18(金)(32)代理店のこと

 2015年2月の海津市内4店代理店化に伴い、野寺支店は店舗を新築して移転した。代理店化により最も大きく形が変わったのが、野寺支店ということになる。ここでは少し脱線して、代理店化3か月後の2015年5月に現地を再訪した時のことをまとめておくことにしよう。
 野寺の大垣共立銀行は、集落のはずれにある田んぼの真ん中に移転していた。海津市と岐阜羽島駅とを結ぶバス道路の四つ角である。ここは「めぐ」の当日にも通っているハズなのだが(後述する)、大共の移転先であるこの場所については何があったか覚えていない(元は水田だったのだろうと思う)。銀行のホームページで「移転する」とは一言も告知されなかったので、旧支店を訪れて店頭の貼り紙で初めて知って驚いたのだった。野寺で商売するのであれば、水田地帯の真ん中の目立つ角でよいのだろうが、野寺という地区での新築移転そのものが、非常に大胆であると思った。
 新店舗は大駐車場完備の平屋建てで、シルエットとしては郊外型のコンビニに似ている。敷地は四つ角の南東角。ちなみに、北東角は酒店とその駐車場、北西角はエディオンのフランチャイズの家電店、南西角は水田である。大共の駐車場は身障者用を含めて13台分。それとは別に車寄せもあって、駐車スペースには相当の余裕がある。店舗の横にある小さな小屋は、自転車置き場だろう。
 表の屋号表示は「OKB野寺」としか出ていない。大垣共立銀行という文字看板は全くなく、かろうじて入口自動ドアのガラスに「OKB大垣共立銀行野寺代理店」と白い文字で書いてあるだけだ。大共はここ数年、銀行名より「OKB」という愛称名を前面に打ち出してきている。共立総合研究所などいくつかの系列会社は、すでに「OKB××」という形に社名変更した。大垣という地方都市の名前を冠した銀行名では商売しにくい、という声が行内に根強くあり、土屋嶢頭取も就任時に行名の変更を検討すると宣言していたから、それに対する長年の検討結果が「OKB」という愛称名なのだろう。名称としては「OK」に通じる良い名前ではないかと思う。
 ATMは入口の自動ドアを入ってすぐ左側で、移転とともに機械が2台になった。2台とも手のひら認証つき富士通FV20である。外装も含めて茶色主体でシックな色遣いの店舗は、最近はやりのサロン風。2人がけのソファが3つか4つ置いてあり、液晶テレビでPRを流していて、クラシック音楽が流れている。窓口の相談ブースとは別に、個室の応接室が奥の方にあるようだから、法人店舗によくあるようなスタイルである。野寺地区には富裕な顧客が多数いるのだろう。そうでもなければ、この時代に多額の設備投資はしないと思う。なお、店内には自由に使えるトイレもあった。銀行でこれは案外珍しい。
 野寺以外の代理店は、旧来の建物をそのまま使用している。ただ、法人関係の業務などをすべて海津支店に移管したこともあって、人員は4店舗合わせて23人も削減されている。このため、特に支店(野寺を除く)だった代理店では、スペースに相当の余裕ができたようだ。今尾支店は広い窓口室を持っていたが、代理店化に伴い什器は撤去され、白い鉄板でパーティションを行い、カウンターだったところは広いじゅうたん敷きのスペースに変更されている。

 ところで、「大共めぐ」を楽しむ者としては、代理店は“1粒で2度おいしい”拠点となった。この時代理店化された4店舗(南濃・今尾・野寺各支店、駒野出張所)は、ATMと窓口とが別々の営業拠点になったからである。野寺でいうと、支店時代に野寺支店が直接管理していたATMは、代理店化後は「海津支店野寺代理店出張所」という店舗外ATMとなり、通帳の取扱店名記帳も<野寺代理店>になっている。窓口での取引は「野寺代理店」として<野寺>と表示されるから、大垣共立の代理店は、「めぐ」の立場からは1か所の訪問で2か所分の制覇ができるわけである。
 加えて、4店は代理店化と同時に窓口の営業時間が夕方4時までに延長された。高須支店改め海津支店が従来通り3時までであるのがよくわからないが、窓口で取引しないと制覇できない代理店が、3時で閉まらず4時までやっているのは、喜ばしい。
 私が訪れたのは、朝8時台のことであった。女性の行員さんが2人、朝の掃除をしていた。一人は店の前の生垣に水やり、もう一人はキャッシュコーナーで掃除機かけ。生垣のツツジが満開だったのが印象的であった。代理店の行員は、代理店を運営する全額出資子会社のOKBフロント鰍ノ大共の本体から出向する形になっている。なお、海津市内4店の代理店化まで、店舗をまたいだ振り込みは別の支店扱いであったが、代理店化後は海津市内については全て「同一店扱い」となった。

 少々蛇足になるが、野寺代理店訪問の際に見た光景をここで一つ書き残しておきたい。
 前述したとおり、銀行では一般に(大共に限らず)、朝に行員が総出で掃除をしている。私が訪れた時、キャッシュコーナーにいた女性の行員は、何やら掃除機で一生懸命吸い取っていた。見ると、ATMそのものに掃除機をかけているのであった。野寺代理店のATMは富士通のFV20型だが、この型の機械は前面に蛍光灯が入っていて、稼働中は常に白く光っている。そこに羽虫がびっしり入り込んでいたのである。なるほど、田んぼの真ん中で夜9時まで煌々と明かりがついていると、虫を招き寄せることになるのだ。毎朝の掃除がかなり大変だろうなあと思った。厨房の出入口によくある、紫外線ランプを使った殺虫灯をキャッシュコーナーの天井に付けたら、少しは違うのではないだろうか。
 ATMという機械は、田園地帯で使うことを想定していないのだろう。虫が来るのは仕方がないとしても、機械の中に入ってしまうというのは、メーカーにはわからない現場の実情ではないだろうか。それで思い出したのが、2012年5月に沖縄へ行った時のことである。地元のトップ地銀、琉球銀行の店舗に入ったところ、ATMでの硬貨の扱いを中止している旨が店内に掲示されていた。その理由が、ATMの硬貨ユニットが故障しやすいためということであった。沖縄県内ではアメリカ合衆国の硬貨が大量に流通しており、特に10セント硬貨(ONE DIME)はATMメーカーの想定以上に薄くて小さいため、投入されると即ATM停止になるのだという【注】。ATMの硬貨ユニットが故障しやすいというのは私も別のところで聞いたことがあり、沖縄県以外でも硬貨の扱いを廃止した銀行がある。本州地区のそれも営業店でATMの硬貨取扱を廃止するのは怠慢だと思うが、米国軍人や軍関係者の多数いる沖縄では“そんなの目じゃない”ぐらいに壊れるのであろう。
 こういう具合に、ATMメーカーには銀行の現場のことが把握されていないわけである。刑事ものドラマで「事件は現場で起きているんだ」というセリフがあったけれども、現実に即して対応しなければならない現場はやはり大変であるのだなあ、との思いを新たにした。

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 【注】連載作成のため、ATMを10か所ほど試してみたが、10セント硬貨を投入してATMが停止したケースはなかった。ただし、機種によっては、計数に通常より時間のかかるものがあった。これとて、繁忙な時間帯で連発したら影響があるかもしれないが、投入して機械が「即停止」するほどチャチなものでもないようである。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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