2017年05月08日

2014.07.18(金)(34)海津市を離れて輪之内町へ

 この自転車ツーリング、始めた時は何となく余裕があったけれども、海津市域の制覇が終了したこの時点で、すでに周辺を描写する気力が失われ始めている。自転車を漕ぎ出すにもヨタヨタして、足が引っ掛かったりするぐらいで、消耗が目立ってきた。これはマズいと思ったが、道程はまだ半分しかこなしていない。疲れている場合ではなかった。
 輪中堤の北側は、切割から坂を下りてくると広い水田地帯になっている。ここは昔の川底である。前述したとおり大榑川は明治期に廃川となり、跡地は干して水田になった。ただし、米を作っている面積は今となってはだいぶ少なくなってきているようだ。
 また少し上り坂になった。陸地として微妙に高いところは、昔から人が住んだり畑にしたりしている。雑木林の端に、真っ黒に成熟したドドメが多数なった木があった。野生もしくは放置された桑の木だろう。私が小学校生活を送った昭和50年代前半の群馬県前橋市ではまだ養蚕をやっていて、桑畑も残っていた。当然ドドメの味も知っているから、結構美味そうであると感じた。それから、この交差点の界隈ではカキの栽培をやっている。言うまでもないがオイスターではなくパーシモンの方。西濃地域は富有柿の栽培が盛んである。
 輪中堤から数分で、東大薮という交差点に来た。角には農家の直売所みたいなプレハブ小屋が建つ。みたいなというか、農産物の直売所そのものである。野寺支店の窓口さんは、輪中堤の次の信号で左に曲がると言っていた。この四つ角は、すぐ東側にy字分岐を持つ。長良川の堤防上から対岸に渡る大薮大橋への道と、川沿いの堤防道路につながる道とに分かれている。大薮大橋の先は羽島市である。ここで右折して太い道(県道30号羽島養老線)を真っすぐ行くと羽島へ、細い道に分岐して堤防道路を北に行くと岐阜・墨俣へ、南へ行くと木曽三川公園・海津へ抜けられる。交差点のすぐ東に矢印看板があるのでわかった。なお、墨俣(大垣市)は豊臣秀吉の「一夜城」で有名な町である。
 四つ角の少し南側で、海津市を離れて輪之内町に入っていた。さっき美味しそうなドドメの木があったあたりが市町界である。

 私は東大薮で左折して、県道30号羽島養老線を西に進んでいく。いま通っているのは、対面2車線白破線センターラインで、歩道が完備された広い道である。道の南側は畑、北側は休耕田。道路際の畑で栽培しているのはサトイモ・カボチャ・ナス・トマトといった、ある意味平凡な作物のようだ。畑や休閑地は道路の拡幅用地だろうか。ちょっとしたお墓もあった。「墓地」ではなく、1〜2人分ぐらいの墓石しかない“お墓”である。
 小学校(大薮小学校)が見え、〔大薮西〕というバス停があった。ここに来るのは名阪近鉄バスの輪之内羽島線で、輪之内町役場の隣にある輪之内文化会館と岐阜羽島駅とを結んでいる。次の停留所が〔イオンタウン輪之内〕だそうだから、もう目的地はさほど遠くはないハズだ。このあたりから、背の高いショッキングピンクの看板が見える。色からしてイオンのものであることは間違いない。おそらく、通りに面したところに立っているものだろう。
 この大薮地区には、明治期から太平洋戦争中まで大垣共立銀行が出店していたことがある。1899(明治32)年9月に大薮支店を開設、その後代理店→派出所→出張所と変遷を遂げ、1928年3月再び大薮支店となった。1936年2月出張所に格下げ、そして1944年5月に廃止となっている。所在地は安八郡大薮町大字御寿字大薮65番戸【注】である。道の北側、大薮小学校を中心とする大薮の集落内にあったと思われるが、それが現在の住所でどこにあたるかは残念ながら判明しなかった。明治・大正期の大共は農業金融が主体であり、大薮には米の産地として代金の授受などを目的とする支店が置かれていた。

 大薮の西側、上大榑の四つ角にやって来ると、「クロスタニン」「一生健康」などと大書した、2階建ての工場のような建物がある。全面化粧タイル張りで温泉センターみたいな建物であるが、よく見ると1階にシャッターが付いていたり、荷捌き所のようなものがあるから、やっぱり工場である。そういえば、さっき野寺支店の窓口でも、イオンへの道を説明するのにクロスタニンという言葉を使っていた。後で調べてみると、ここは1995年3月にできた健康食品の工場である。たんぱく質含量が高い、クロレラ属の淡水性単細胞緑藻類を製造しているという。
 このクロスタニンの前から、右の方に「BIG」と書いたオレンジ色の看板が見えた。さっきから見えているのはロードサイドの看板だと思うが、こちらは建物の塔屋だろう。こんな田園地帯に、よくショッピングセンターなど作ったものである。手前が一瞬森のようになっているが、あれは何だろう。イオンが買おうとして買えなかった土地だろうか。
 私は自転車を漕ぎ進める。道端の畑では、農婦が一人黙々と草取りをしていた。

34-1.jpg

 【注】「番戸」で現在地を推定するのが困難であるのは前述のとおり。安八郡大薮町は1954年4月に2村と合併し輪之内町となった。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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