2008年09月20日

2007.11.26(月)(14)やはり「本当に古かった!」

 以上のように、状況証拠だけでも、この建物が戦前の築であることはほぼ疑いないと思われたが、その後の調査によりさらに決定的な証拠を発見した。
 「アーチ」の根拠にしようとした旧不動貯金銀行七条支店について調べているうち、あるブログ【注1】にたどり着いた。記事によると、同行の七条支店と姫路支店は、同じ関根要太郎という建築士【注2】が設計したものであるという。1934(昭和9)年に竣工した姫路支店の建物は免震構造を採用しており、それは同行下関支店(建物は山口県下関市に現存)と同様であるそうだ。そこで「関根要太郎」でネット検索をかけてみると、下関については雑誌に関根自身の手で論文が発表されているとのことであった。
 学術論文の検索サイトからその論文を探し出して読んでみた【注3】。参考程度のつもりだったのだが、なんと、下関だけでなく姫路についても、設計者本人が詳細な図面と写真付きで解説しているではないか。掲載されている図面は、私が姫路で見てきた建物とほぼ完全に一致していた。これにより、2003年10月までりそな銀行姫路駅前支店であった建物は、戦前の建築に「間違いない」と確定した。

 建物に耐震性を持たせたい時、ただ単に頑丈に作っただけでは、建物の自重が増加することで震力が増大してしまい、かえって危険な場合もある。そこで、地震の振動をどこかに吸収させるような重量の軽い建築が求められる。1934年竣工の不動貯金銀行の2支店では「免震構造」を採用しており、基礎の上に直接建物を建てるのではなく、基礎と建物との間に「免震柱」という太い柱を立て、その柱に建物を固定せずに載せている。免震柱そのものも、基礎には固定されず台座の上に乗っかっているだけである【注4】。建物と免震柱、免震柱と基礎は、それぞれ下部が受け皿のような形をしており、上部はそれにぴったりと嵌まる形をした下向きの凸になっている。すき間には黒鉛の粉末が充填されている。これらにより、地盤と建物とは直接には接さず、かつ基礎と建物とは結合していないため、地震があったときには2か所の継ぎ目で振動が吸収され、建物には影響を及ぼさないのだという。
 この「免震構造」は、関根要太郎の学生時代の後輩であった構造家、岡隆一(1902〜1988)が提唱したものである。関根は牧野元次郎(不動貯金銀行頭取)鎌倉山別邸(神奈川県鎌倉市)など木造住宅2か所で試行した後、不動貯金銀行の姫路・下関の2支店で、鉄筋コンクリート造りの大重量を持つ建築に本格的に採用した。関東大震災後、複数の構造家や建築家から数多くの免震構造が提案されたが、実現したのは不動貯金銀行関連の建物だけだったとされる。姫路と下関の2つの銀行建築は、現存する世界最古の実用免震建築物であるという。
 姫路支店の建物は、合計21本の免震柱によって支えられている。この柱はそのままの形で地下室に現在も立っているようだ。地階の平面図を見ると、ポンプ室(「階段室」右隣)の右下部分に、免震柱を示す黒丸がある。ポンプ室の真上は、1階と地階とを結ぶ階段の踊り場にあたるが、1階から踊り場方向を写した写真には、免震柱の場所に妙な突起が写っている。踊り場の高さなども考慮すると、これは免震柱の頭部、建物と免震柱との接続部分と思われる。

 免震柱以外の部分についても触れておこう。支店時代、キャッシュコーナーはみゆき通りに面した側の北端にあった。これは、下に示した「不動貯金銀行姫路支店 平面図」では、内側に開く扉の部分(読みにくいが「時間外出入口」と書いてある)と、その左隣の「応接室」(細かいマス目が描いてある部分)であった。この部分は竣工時には外壁と塀との隙間だったが、自動機が初めて導入された頃にキャッシュコーナーとして増築されたものと思われる。「客溜」に通じる細い通路は、窓口室とキャッシュコーナーとを隔てる通路として現役で機能していたと記憶している。
 現在ではキャッシュコーナーは撤去されており、雑居ビルに改造されたこともあって、この部分は奥へ通じる廊下になっていた。図面では、階段への途中に応接室が2つ描かれているが、ここは間仕切りなどは撤去されて広い空間になっていた。
 前述のとおりの階段を2階に上がると、古めかしいノブのついたドアは「予備室」の入口、左側のアーチは応接室や宿直室に通じる廊下の入口であった。2階(旧応接室・宿直室)はコンタクトレンズ店、3階は眼科として使われている。これ以外の部分は、今回見ていない。

 蛇足。平面図の3階部分中央(「外勤員室」右隣)に、強く関心をそそられるものがある。ここには「大黒天奉安所」と書かれている。不動貯金銀行の特徴の一つは大黒天に対する信仰であったが【注5】、各支店には像を安置する部屋までわざわざ作られていたのである。この部屋はいつ頃まで残っていたのだろうか。21世紀に至るまであったとしたら、いったい何に使われていたのだろうか。

20071126-15_Himeji-ekimae_ato_heimenzu.jpg(クリックで拡大)

20071126-16_Himeji-ekimae_ato_menshinchu(BF).jpg20071126-17_Himeji-ekimae_ato_menshinchu(odoriba).jpg

【資料】りそなグループに関連する歴史的建築一覧(当サイト「お役立ち」より)

 【注1】『関根要太郎研究室@はこだて』http://fkaidofudo.exblog.jp/
 【注2】関根要太郎(せきね・ようたろう、1889〜1959):建築家。埼玉県秩父市出身、1914(大正3)年東京高等工業学校(現東京工業大学)卒。1931(昭和6)年不動貯金銀行専属の建築家となる(同行営繕課長→のち営繕部次長)。1942年の退職までに延べ100件以上にのぼる店舗設計を手がけた。戦後、不動の幹部だった天沼雄吉の紹介により、天沼の出身地・埼玉県桶川町(現桶川市)の町立小学校の設計を引き受け、以後は埼玉県内各地で公共建築に携わった。不動以外の作品で現存するものには、旧多摩聖蹟記念館(東京都多摩市)、埼玉県立上尾高等学校西側校舎(上尾市)などがある。
 【注3】関根要太郎「免震構造の実施に就て」『建築雑誌』600号(社団法人日本建築学会、1935年6月)。
 【注4】上下はそれぞれ直径25mmのピン1本で連結されている。
 【注5】不動貯金銀行と大黒天:当連載10月28日掲載「2007.11.28(水)(14)津市の協和銀行、その複雑な歴史」も参照。

 (2010.10.14_21:35本文修正)岡隆一氏の生年を訂正し没年を追加。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
為栗さん、先日は当ブログにコメントいただき有難うございました。
これはまさしく関根設計の不動貯金銀行の店舗に間違いありません。
以前に為栗さんのサイトにコメントさせていただきましたが、数年前に姫路を訪れたとき外観だけ見て建て替えられたものだと思い込んでいました。
外観こそ改修されているものの、この建物の頑丈に施工され築七十数年経っても健在とは驚きです。
私も近日中に姫路に行って、こちらの建物を確認してこようと思います。
Posted by 関根要太郎研究室@はこだて at 2008年09月21日 15:36
 こんにちは。ご来訪ありがとうございます。
 「本物」とお墨付きをいただき光栄です。事実の発見までたどり着くことができたのは、関根要太郎研究室@はこだて さんのおかげです。
 私も、去年気がつくまでは、建て替えられたものと思い込んでいました。というより、戦前の建物だなどとは思いもしませんでした。この建物にはあさひ銀行の時代から何度か入っているのですが、そのときに知っていればまた違った対応になったものを、と思うと残念でなりません。
 ですが、貴重な建築が残っているだけでもありがたいですよね。建物の内部についても、銀行の支店でなくなって雑居ビルになったからこそ見ることができるわけです。そのように前向きに考えたいと思います。

 貴ブログでの姫路レポート、楽しみにしています。
Posted by してぐり(管理人) at 2008年09月21日 16:35
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