支店北側から西に延びる道を、再開発ビルのすき間を縫うようにしてJR尼崎駅に戻る。ここの再開発ビルは、個人商店が圧倒的に多いようだ。関西では個人商店がまだまだ健在ということなのか、それともこういう雰囲気を人工的に演出しているのかはわからないが、しもたや的商店街のようなテナント構成になっていて、ラーメン屋があったり、その中に混じって珈琲館とか茶月とかいったチェーンの店も若干みられる。そして、どさくさにまぎれてスーパーマーケットの阪急オアシスがある。建築物そのものの雰囲気は埼玉・ふじみ野の「アウトレットモールリズム」に少し似ている気がするが、再開発地区でありながらいまひとつ垢抜けない感じがするのは、道の真ん中が芝生ではなく大駐輪場になっていたりするせいかもしれない。しかし、個人商店の集積体が残っているところは「関西のダイナミズムを感じる」というべきなのだろう。
阪急オアシスで建物の並びが切れて、もう駅前広場である。JR尼崎駅に戻ってきた。ペデストリアンデッキの付け根のところに「梅川の像」というのが立っている。白く塗られているが、これは銅像だろう。当駅より北に約2kmに位置する広済寺に眠る江戸時代の劇作家・近松門左衛門の代表作品の1つで、今も人の心をとらえて放さない名作『冥土の飛脚』のヒロイン・梅川を、文楽人形のイメージで制作したもの、ということだ。銅像に限らず、関西には歴史的なものが豊富にあるから、歴史を学んだうえで関西に来ると本当に楽しいだろうと思う。「知るは楽しみなり」というが、私にはそういう楽しみがないので、今からでも少し勉強しようかと思い、歴史や文学などこれまでバカにしていた分野の本をヒマを見つけて読もうとしている。だが、大人になってからでは本を読んでいる時間がなかなか取れないし、読んでも頭に入ってこない。「少年老い易く学成り難し」ということか。
尼崎14:21発の普通西明石行きに乗車、立花には2分で到着した。
立花駅は、旧国鉄が昭和40年代に盛んに建てたスタイルの典型的な橋上駅舎であった。改札を出て左に曲がると、そのままペデストリアンデッキが前方の再開発ビルにつながっている。デッキに出てみると、駅前の再開発ビルが茶色い壁のようにそびえ建っている。りそなの立花支店代替の店舗外ATM[立花](尼崎北支店)が正面2階に見えた。
しかしここで、私はとんでもないことに気がついた。立花支店は2003年12月に制覇したのだが、今再びこの地に立ってみると、支店がどこにあったか忘れてしまったのだ。言い訳するわけではないが、旧大和店舗はどこへ行っても再開発ビルばかりで、似たようなビルを多数回っているうちに、一つ一つの印象が薄れてごっちゃになっていたのである。今なら写真を撮り溜めているからすぐ分かるのだが。
記憶をたどると、今「関西スーパー」が入っている場所だったような気もするし、駅側からみて建物の一番左下の部分だったような気もする。しかし「茶色い再開発ビルの左下隅」というのは吹田支店あたりとごっちゃになっている気がするし、関西スーパーも以前来た時にはあったような気がするのだ。今さらながら、旧大和は再開発ビルが大好きなのだと思い知らされた。
とにかく、支店の正確な場所を忘れた以上、建物の全景を撮る以外に写真撮影にはならないので、ほどほどのところで切り上げて次に向かうことにした。
りそな銀行立花支店のもととなったなみはや銀行立花支店は、福徳相互銀行立花支店として1987年11月に開設された。さきほど行った伊丹(りそな銀伊丹北支店)はこの1か月後のオープンである。
再開発ビルの「フェスタ立花」は2000年4月の建築である。なみはや銀行は既に前年8月に蹉跌していたが、支店はビル落成と同時に入居したとみられる。あとで調べたところによると、「フェスタ立花」の支店跡はビル1階の奥の方にあって、現在その場所は歯科医院になっているようだ。福徳の旧支店は再開発ビルの100mほど南側(七松町1-14-7)にあった。


