非常に順調だとほくそ笑みながら駅へ戻りかけたが、津田駅に戻ってはいけないのである。
次の目的地は、直接の「近畿大阪めぐ」ではないが、近畿大阪に関係する歴史的建造物、交野市立教育文化会館である。津田駅から徒歩15分ほどの交野市倉治(かたのしくらじ)まで歩く。この建物は最近(2007年)、文化庁によって国登録有形文化財に登録された。現物を見たことがなかったので、これを機会に行ってみようと思っていたのだ。私は最近、歴史的建築づいている。
駅前の2車線道路、府道736号(交野久御山線)を南に向かって歩く。津田支店から100m、いや50mも行かないぐらいの地点で、枚方市が終わって交野市に入る。地名は早くも目標のある「倉治」に変わっている。駅前はマンションが建っていたり雑居ビルがあったりするのだが、駅から少し離れただけで、畑と個人商店と民家が混在する典型的な田舎の街道になる。
警察学校前という交差点の角は更地になっていて、「かご池跡」と刻まれた石碑が立つ。農業用溜池の跡地らしい。近年では溜池は農業が衰退して利用されなくなり、災害時の決壊を恐れて埋め立てられるものが多いそうだ。「かご池」という名前は篭のように水漏れするという意味だそうだから、溜池としては出来がよくなかったのであろう。もちろん、石碑などがあるのは、たとえ出来が悪くても地域からは愛されていたことの表れである。さて、「かご池跡」の石碑には「石つき唄」なるものが彫ってあった。「わしの若いときゃ 津田までかよた 倉治かご池で 夜が明けた おもしろや おもしろのひょうたんや おおあげあげ」。この近所に伝わる祝い歌だそうである。この土地は関西スーパーマーケットの出店予定地らしく、フェンスには同社の倉治店について地元への説明会を近々行う旨の看板が出ていた。
かご池跡から南西方向は、地形としては道路から急に下に落ち込んでいて、そこには見渡す限りの水田がある。田んぼの真ん中には送電線の鉄塔が点々と建っており、その向こうには遠景として住宅団地が広がっている。豊かな田園地帯だった片町線の沿線もこれから開発が進んでくるのだろう、と改めて思った。
さらに南に進み、倉治桜堤の交差点で右に曲がる。この交差点の北西角にも溜池がある。農業用の溜池として現役らしく、緑色の水をたたえている。関東地方で溜池を見ることはほとんどないから珍しく感じた。1辺50mはある相当広大な池で、真ん中には木の生えた島まである。ボートを浮かべて遊んだら結構楽しいのではないだろうか。溜池と水田の隣には畑があって、シソやトマトが植わっている。民家が数軒と古びた鉄筋アパートがある他は、車の通りも人通りもほとんどない、のどかな田園地帯であった。この道をずっとまっすぐ行くと、文化会館の茶色い建物があるハズだ。そう思っていると、建物のタワー部分のてっぺんが南の彼方に見えた。曲がるところを間違えた。桜堤で右折したのは早かったようだ。
大急ぎで左(南)に曲がり込むと、倉治の住宅地に入った。ここは耕作中の水田と住宅とが完全に入り交じっており、建物も土蔵を持つ家があるかと思えば最近建てられた瀟洒な洋館風の3階建ての家もあって、ゴチャ混ぜである。でも、いかにも「豪農」と感じさせる家があったり、お寺が2軒もある等、やはり古い集落のようだ。
古い木造家屋についている瓦ぶき塀の白壁部分は、あるものは黒く塗られていて、煮しめたゴボウのような色の羽目板がついている。別の家には白壁のままの塀もある。その向かい側は、茅ぶきか藁ぶき屋根の上にトタンをかぶせた感じの農家。そうした家屋の隣に、3階建ての新しい民家が建っていたりする。道幅は狭い。前方をワンボックスが1台走っていったが、1台ようやく通れるぐらいの道幅しかない。
交野市倉治のこのあたりは、古い農村地帯、それも割合に豊かな地域という印象である。昔はこうした農村地帯で無尽講【注】をやっていたのだろう。それが、交野無尽金融という会社に発展していったわけだ。2006年1月、りそな銀行の旧奈良銀店舗である田原本支店を取りに奈良県田原本町の街中を歩いたときと同じような感動があった。あちらは商業地区であったが、こちらは農村地帯である。「豊かな農村」とはこういう感じだったのか、という印象であった。
【注】無尽:庶民の金融システムの一つ。一定の口数と給付金額を定めて講を結び(無尽講)、定期的に掛金を行って一口ごとに抽選し、最終的には全加入者が給付を受ける仕組み。仮に、10口5万円の無尽講に10人の参加者がおり、毎月5000円徴収したとすると、月に5万円の資金が集まることになる。ここで抽選を行い、当選者1人に5万円を支給する。これを10回繰り返すと、10人の参加者全員が5万円の現金を手にすることができる。現金給付を受けた者は以後の抽選からは外れるが、掛金の納入は最後まで行う。鎌倉時代中期に生まれた相互扶助システムがその起源とされる。(講を結ぶ=有志でグループを作る)
2009年01月13日
2008.07.22(火)(11)倉治かご池で夜が明けた
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京
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| りそめぐ2008夏 「近畿大阪めぐ」スタート記念 片町線・京阪線沿線25店完全制覇
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(06/16)あとがき・参考文献一覧
(06/15)2008.01.27(日)エピローグ 難波→京都→東京
(06/14)2008.01.26(土)(19)古市終了後
(06/13)2008.01.26(土)(18)商工会館は残っているか
(06/12)2008.01.26(土)(17)まずは羽曳野支店へ
(06/11)2008.01.26(土)(16)河内国の千代田にて
(06/10)2008.01.26(土)(15)南海高野線を南へ
(06/09)2008.01.26(土)(14)深井支店を制覇
(06/08)2008.01.26(土)(13)深阪出張所の跡地を探して
(06/07)2008.01.26(土)(12)ニュータウンに「人間生活の営み」を見る
(06/06)2008.01.26(土)(11)泉ヶ丘の泉北支店へ
(06/05)2008.01.26(土)(10)光明池支店を制覇
(06/04)2008.01.26(土)(9)泉大津から光明池へ
(06/03)2008.01.26(土)(8)岸和田を飛び越えて泉大津へ
(06/02)2008.01.26(土)(7)醤油の町だった貝塚
(06/01)2008.01.26(土)(6)30km南下して泉佐野へ
(05/31)2008.01.26(土)(5)一戸建てが密集する天下茶屋支店跡地
(05/30)2008.01.26(土)(4)茶屋から茶屋へ
(05/29)2008.01.26(土)(3)萩ノ茶屋支店を制覇
(05/28)2008.01.26(土)(2)朝の西成区を歩く
(06/15)2008.01.27(日)エピローグ 難波→京都→東京
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