2010年05月11日

2008.08.27(水)(6)三軒茶屋特別出張所跡

 豪徳寺・祖師谷・等々力と、旧あさひ銀の世田谷区内の支店を3つ回ってきた。もう1軒、旧大和銀店舗の世田谷支店に行けば、世田谷区は完全制覇ということになる。世田谷支店に行くのなら、渋谷支店三軒茶屋特別出張所(旧あさひ銀)の店舗跡もついでに見ておきたい。世田谷支店は東急田園都市線の三軒茶屋駅が最寄りで、等々力からは大井町線で二子玉川に出て乗り換えとなる【注1】。
 「世田谷区完全制覇」にしてしまえば、キリは確かによいけれども、薬のせいで今日はだるくて根気が続かない。面倒だからやめちまおうか。しかし、ここで打ち切って自宅に帰るにしても、どのみち田園都市線か東横線で渋谷に出なければならないから、しんどいのは一緒だ。結局、エネルギーをふり絞って「世田谷区内4店制覇」を完遂することにした。今日は行き当たりばったりになってしまったから仕方がないが、せっかく世田谷区内でハシゴをするのであれば、きちんと計画して、チンチン電車(東急世田谷線)を使った「めぐ」にすればよかったと思う。
 というわけで、等々力駅にやって来た。この駅は珍しい構造をしていて、駅舎が島式ホームの一番端に建っており、駅の外側からは踏切を通らないと中に入れない。昔の私鉄の駅にはこういう構造が普通にあったと思うが、今となっては珍しいのではないか。改札に駅員はいないようだが、この駅は改札機の監視をどこでやっているのだろう(一応テレビカメラがあるのが見えたが)。
 駅内にある周辺地図の看板には、そのうちの1つに「あさひ銀行」の文字が残っていた。この駅周辺の金融機関は、旧あさひ店舗のりそな銀行、城南信金が駅の北側と南側に1店ずつ計2店舗、それから駅の南側に世田谷信金がある。この地の都市銀行営業店はりそなが唯一である。隣の尾山台駅前には、三菱東京UFJ銀の尾山台支店(旧三和銀)とみずほ銀の自由が丘支店尾山台出張所(みずほになってからの新設)、芝信金の尾山台支店があり、地名では同じ等々力だが等々力駅前より活気もあるようである。
 ホームの掲示によると、等々力駅は地下化する計画があって、この時点ではボーリング調査をやっているようだった。地下に島式ホーム1本の駅を作って急行の通過線をつけるそうだ。そういえばさっき、ステンレスの車体に赤いカラーシートをベタベタ貼った東急の新型車両が踏切を通過するのが見えていた。あれが、専用車両まで投入して最近運行が始まった大井町線の急行である。1本/15分と案外本数が多く、停車駅は二子玉川・自由が丘・大岡山・旗の台・大井町。飛ばす駅の数は意外に多いが、全線の所要時間は各駅停車19分に対して急行17分だから、速達効果はあまりないようだ。等々力駅の工事が完成すれば、もう少し「急行」らしい運転形態になるのだろう。
 そんなことを考えながら、等々力16:25発の各駅停車二子玉川行き【注2】に乗車。2つ目の二子玉川終点には4分の乗車で到着し、16:33発の急行南栗橋行きに乗り換える。乗り換え専用階段を降りると通路に窓がついていて、橋げたの「多摩川」という看板が見え、多摩川の河原と水面も見えた。この駅は本当に多摩川のそばにあって、伊達に「二子玉川」という駅名ではない。そばどころか、この駅のホームは川の上に一部せり出している。

 東急田園都市線は、二子玉川を出ると地下に入る。高架からいきなり地下に下りるわけだから、相当な下り坂である。
 急行で1駅、三軒茶屋には16:39に到着した。複線の両側に対向式ホームがあるだけの駅だが、急行停車駅であり、また世田谷線との乗換駅とあって、乗降客の数はかなり多い。ホームは1977年に新玉川線として開業した当初のまま、黄色いタイルで埋め尽くされた内装である【注3】。改札階に上ってくると、ここは相当の改装を受けてベージュ色の内装になっていた。
 中央改札を出て、右へ行くと北口、左へ行くと南口。その他に「世田谷通り口」「三茶パティオ口」というのもある。何も考えずに南口から出たが、三軒茶屋特出跡を見ようと思うと「北口」へ行かなくてはダメで失敗だった。南側からでも写真が撮れないことはないが、道の上空に高速道路の高架(首都高速渋谷線)がかぶさっているため、アングル的にかなり劣るのである。建物の写真は、交差点の東側、商店街の「三茶しゃれなあど」入口角にある靴屋の前から撮るのがベストアングルではないかと思う。東京23区西部在住で、世田谷区に関する知識が全くないわけではない私も、世田谷区について「知悉」しているわけではないのだ。
 1965年3月に建築された建物は、現在カラオケ屋の「ビッグエコー」として使われていて、ビル全体は看板で真っ赤である。この建物は、国道246号(玉川通り)から世田谷通りが分岐するY字の股の部分にある。出張所前の分岐は、1969年5月まで走っていた路面電車の「玉電」(東急玉川線)が、二子玉川園方面と下高井戸方面とに分かれる要衝であった。玉電現役時代の古い写真を掲載した書籍には、必ずと言ってよいほど、この店の前で撮った写真が掲載されている。

 渋谷支店三軒茶屋特別出張所は、1931年8月に東京貯蓄銀行三軒茶屋支店として開設されたもので、9行合併を経て協和銀行の三軒茶屋支店となった後、1981年8月に渋谷支店を母店とする出張所に変更された。りそな銀行発足直後の2003年5月、旧大和店舗である世田谷支店の店内に移転し、三軒茶屋特出はこの時点で事実上統合されたことになる。支店内支店実施と大和・あさひのシステム統合を経て、名実ともに統合されたのは2006年5月であった。店の場所は戦前から2003年の移転(支店内支店化)まで変わらなかった。
 この店は、りそな銀行で唯一の「特別出張所」であった。特別出張所というのは、70〜80年代の大蔵省による店舗行政の産物である【注4】。当時は銀行の新規出店が厳格に規制されていたため、配置転換方式、つまり別の支店の廃止と引き換えでなければ銀行は新しい支店を出せなかった。こうした形で廃止となった支店の跡地には、顧客利便を図るため有人出張所を出すことが特別に認められており、この枠で設置された出張所を「特別出張所」と呼んだ。設置の基準が特別なだけであって、機能面で通常の出張所との違いがあるわけではない。特別出張所は旧大和・旧協和・旧埼玉いずれにもあったが、りそな銀行発足時点では、ここ三軒茶屋1店だけが「特別出張所」の名称のままで残っていた。りそなグループ全体でも、他には近畿大阪銀行の茨木サニータウン特別出張所(旧福徳銀)があるだけだったが、これも現在では消滅(「出張所」に改称)している。
 蛇足ながら、以前「めぐ記」で、りそな銀の旧奈良銀店舗めぐに行く際、五条行きの夜行高速バスの窓から三軒茶屋特出跡が見えたのを記述したことがある【注5】。

20080827-06_Sangenjaya_ato.jpg

 【注1】渋谷行きのバスが三軒茶屋を通るのを後で知った。
 【注2】大井町線は2009年7月から田園都市線溝の口駅への乗り入れを始め、「二子玉川行き」もほぼ過去の話となった。
 【注3】正確には、白と黄色の2色のタイルを使っていて、場所に応じて色の比率が変わる。
 【注4】太平洋戦争前後には別の種類の「特別出張所」もあった。本連載次回で詳述する。
 【注5】当ブログ2006年4月13日掲載「2006年1月 りそめぐ『旧奈良銀店舗全店制覇』」中「2006.01.12(木)以前(5)70年間交差点を見つめ続けた銀行」。
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