2010年05月12日

2008.08.27(水)(7)世田谷支店

 国道246号(この付近では「玉川通り」)の三軒茶屋交差点から、名前のついた通りが2方向に分かれている。ニイヨンロクは、三宅坂(東京都千代田区)を起点に、青山・渋谷を経て東名高速道路に沿って西進し、静岡県沼津市に至る国道である。さっき写真を撮るときに見えた「三茶しゃれなあど」は、下北沢方向に真北に向かう世田谷区道「茶沢通り」。そして、三軒茶屋から右に分岐するのは、小田急線沿いに東京都町田市に至る都道3号世田谷町田線(世田谷通り)。この股の部分に三軒茶屋特出があったわけだが、世田谷通りが三茶のこの分岐から始まることを、今回の連載執筆で初めて知った。246は古くから大山阿夫利神社(神奈川県伊勢原市)に参詣する人が往来した道で、世田谷通りとの分岐点に3軒の茶屋があったのが地名の由来だという。りそな銀行世田谷支店は世田谷通り沿いで、三軒茶屋交差点から西へ100mほど。交差点からはるか彼方に小さく看板が見える。
 東急世田谷線の三軒茶屋駅を擁するレンガ色の高層ビルが、交差点の北側に建っている。世田谷区の文化生活情報センターが入った再開発ビルで「キャロットタワー」という。26階建てのこのビルは、建ててから名前を公募したそうで、レンガ色の建物だからこの名前になったという。このビルには東急ストアが入る他、銀行が何軒か入っている。中央三井信託銀行三軒茶屋支店(旧三井信託)・三井住友銀行世田谷支店(旧日本相銀→太陽銀)・三菱東京UFJ銀行三軒茶屋支店(店舗は旧三和銀、店籍は旧東海銀)である。三軒茶屋は金融機関が多数集積しているエリアで、今回は行かないが交差点東側にはみずほ銀行の世田谷支店(旧富士銀)があり、茶沢通り沿いにはかつてみずほ銀の三軒茶屋支店(旧日本勧銀→第一勧銀世田谷支店)と東海銀行の世田谷支店もあった。
 日本相互銀行の支店はもともとは三軒茶屋交差点の東側にあり、協和銀ほどではないが玉電を写した古い写真でよく見かける。太陽神戸銀行→さくら銀行を経て住友銀行との合併後、玉川通り沿いにあった旧住友の三軒茶屋支店を統合して跡地に移転し、さらに2004年11月キャロットタワーに移転した。旧三井信託銀行はキャロットタワーが建つ前からこの場所にあって、昨年末(2009年)に茶沢通りを歩いた際、新築中の仮店舗跡が残っているのを見た。三菱東京は、三和銀時代の店名を「三軒茶屋支店」といった。三和は別に世田谷支店を持っていたが、そこは現在「世田谷上町支店」と名前を変えている。区役所など世田谷区の公的施設が多く集まる東急世田谷線の上町駅周辺は、こちらが「本来の世田谷」、つまり旧荏原郡世田谷村の中心地である【注】。なお、三和銀行三軒茶屋支店は、東海銀行と合併してUFJ銀行三軒茶屋駅前支店となった後、旧東海銀店舗の三軒茶屋支店(世田谷支店が改称)に統合された。店舗は旧三和の統合跡地(キャロットタワー)を引き続き使用していたが、東京三菱銀行との合併を経て2009年10月、246沿いにある旧三菱銀の世田谷支店店舗内に移転した。
 銀行の話だけで息切れしてきたので段落を変える。キャロットタワーの向かいには、大東京信用組合が三軒茶屋支店を出している。大信は資金量が5000億円近くあり、信組としては大手である。大信の隣にはサミットストア。その先反対側にはSMBCフレンド証券の三軒茶屋支店。世田谷通りは人通りもかなり多くて、色々なものが集積している。夕方なので、車の台数は多少増えてきてもいいハズだが、さほど多いとは感じられないのは、昨今ガソリンが高いせいなのか。

 目指すりそな銀行世田谷支店は、サミットから間に4軒ほど置いた西側の「りそな世田谷ビル」である。
 店に入ると、以前はATMが6台あったと思うが、4台だけに減っていた。キャッシュコーナーの固定枠が4台分あって、さらにシャッター(が降りてくるハズの位置)の向こう側に3台分が増設されている。せっかく枠を増設したのに、そのうち2台分は板でふさがれている。両替機が一番右にあって、これは前から変わっていない。
 そして特筆すべきは、この店は旧大和店舗でありながら、既にオムロンのATMが1台もないのである。富士通ファクトVのモデル20が3台と、モデル10が1台、というATM構成。内装は旧大和銀のCI導入後の標準スタイルで、行灯プレートだけは緑色に換装済みという、最近の旧大和銀店舗にはごく普通の形態であった。キャッシュコーナーに枠外置きしてある通帳の記帳繰越機だけがオムロンで、内装とこの1台だけがかろうじて旧大和の面影を残しているということになる。オムロンのATMがない大和店というのは珍しい気がする(逆にオムロンの入った旧あさひ店は珍しくない)が、これからはそういう店もあちこちに出てくるのではないか。世田谷支店は窓口室がクイックナビ方式に改装されているから、「クイックナビ」の機械が富士通であれば、キャッシュコーナーのATMも富士通に取り換えてしまうのが店舗運営上は合理的であると思う。16:54、世田谷支店を制覇した。
 世田谷支店は、1944年12月に野村銀行東京支店世田谷特別出張所として開設され、1946年1月支店に昇格した。当初は現在地から1kmほど西、東急世田谷線松陰神社前駅近くの若林町251番地にあったが、1949年10月に今の場所に移転した。現店舗の落成は1980年11月で、1979年6月改築工事のため現在地から300mほど西側の若林町1丁目に仮移転している。
 この支店は、1996年11月まで小田急線下北沢駅北側の世田谷区北沢2丁目に「北沢特別出張所」を持っていた。元をたどると、1954年8月に東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)から譲渡された旧北沢支店である。大和銀はこのとき、東銀から北沢を含め7店舗を譲り受けているが、詳しいことは熊本支店について書くときに譲る。北沢支店の出張所化は1980年8月のことであった。
 なお、世田谷支店の項では「特別出張所」という言葉が2つ別の意味で使われている。世田谷支店開設当初の特別出張所は、太平洋戦争中の簡易店舗のことで、預貯金増強の国策に基づいて認可されたもの。前述した廃止代替店舗としての特別出張所は、ここでは北沢が該当する。

 というわけで、何の計画性もなく世田谷区内の4支店を全店制覇「してしまった」。さて、この後をどうしようか。さっき三軒茶屋特出の写真を撮ったとき、玉川通りの向こう側にドーナツ店が見えた。実は、三軒茶屋のこの店には数か月前にも来ており、その時に「改装する」という掲示が出ていたのを見た。今日はもう改装工事も終わり、賑わっているようだ。とりあえずコーヒーでも飲もう。新装開店成ったばかりのミスタードーナツ三軒茶屋ショップに入った。

20080827-07_Setagaya.jpg

 【注】1889(明治22)年に合併するまで、三軒茶屋周辺は世田谷村ではなく太子堂村に属していた。

<りそめぐ2008夏 りそな銀東京都世田谷区4店舗完全制覇 完>
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