2016年04月28日

あとがき・参考文献

 「銀行めぐ2015冬 みちのく銀秋田県全店制覇」、4月27日をもって完結いたしました。最後までお読みいただいた方には、例によってダラダラと続いた連載にお付き合いいただき、御礼申し上げます。分量は300枚を若干上回った程度でした(400字詰原稿用紙換算)。

 今回の「めぐ」は、順番でいうと、この前に1本準備中のものがありました。秋田県の半年前に某所(今はまだ地名は伏せておきます)でハシゴした際のもので、当初は秋田県篇と同時進行で作っていたのですが、次第にこちらにのめり込むことになりました。
 今回の連載ほど、執筆にあたっての取材活動を楽しく感じたことはありませんでした。その理由は、データを探しに行くと、ここにあると想定した場所に確実に存在したからです。秋田県という地域は、県紙(『秋田魁新報』)よりも小規模な「地域紙」が多数発行されているエリアで、これらのバックナンバーを丹念に読んでいけば、私の知りたいことはほとんどすべて知ることができました。これは、地域のことを地域紙がきちんと報道していればこそであります。私の住む東京都の状況を見ますと、たとえば杉並区では、現在こうした新聞はタブロイド判の月刊紙1紙だけしか存在しません。かつては月刊紙が3紙ほど発行されていたようですが、そのうち2紙は1990年代〜2000年代にかけて廃刊しています。杉並区の人口は55.6万人で、能代市(5.6万人)や大館市(7.5万人)の7〜10倍の人口規模があります(2016.03末)。単純比較はできませんが、健全な地域ジャーナリズムが機能している点で、秋田県という地域は東京に住んでいてうらやましいと感じました。仕掛かり中の次の「めぐ記」は、地域紙の全くないエリアで、県紙に頼るしかなさそうですので、どうしたものかと今から頭を悩ませています。
 こうした新聞のバックナンバーには、日本のあらゆる出版物を収集している国立国会図書館にも所蔵のないものがあります。それらを読むために、東京から秋田まで何度も出向かざるを得なかったのは、まあ苦労と言えばいえるものだったかも知れません。それでも、地元の秋田に行けば図書館が資料を確実に持っている、と確信できたのは、相当心強いことでした。今回の連載と深いかかわりのある企業の社内報が、創刊号から終刊号まで全部保存されていたのには驚かされました。社内報を図書館に寄贈して保存させた当時の会社関係者に敬意を表します。と同時に、こうしたものを保存していた図書館という組織と、私が次から次へと行う面倒臭い依頼に快く対応して下さった県立や各市立の図書館関係者に対し、深く感謝する次第です。

 本連載でもう一つ感じたのは、住民が地域社会に濃密に参加していることでした。「橋本五郎文庫」を作り上げた三種町鯉川地区をはじめ、町の賑わいというか人間生活の気配を維持しようとする能代市中心部、デパートが消えた町に集客の核をと奮戦する大館市中心部など、今回訪れた各地域で感じることができました。商業や産業が衰退し、人口が大きく減少している秋田県ですが、私はその様子を見て感じました。今後も案外粘り腰でやっていくのではないか、と。
 私はかつて学習塾で講師として働いたことがありますが、そこで頭を悩ませたのは、「いかに勉強を教えるか」もさることながら、子供たちに「いかにやる気を起こさせるか」でした。私が初年度に英語を担当したクラスに、数学には情熱を傾けるけれども英単語は1語たりとも覚える気のない男子生徒がいて、手を焼いたのです。言い古された諺ではありますが、馬を水のそばに連れて行くことができても、水を飲むかどうかはその馬の意思に任されています。と言うより、無理に飲ませるわけにもいかない以上、意思に任せるしかありません。一方、全国各地で人口の減少と経済力の低下とが深刻になって、国や自治体が地域おこしを目論んでいろんなことをやっております。こうしたものが「お上」主導で進行して、うまくいくハズがないのは自明です。塾の生徒と同様に、当事者が積極的に参加してこそ、初めて調子よく回りだすものだろうと思います。先に挙げた男子生徒は、情熱を傾けていただけあって、数学だけは成績良好でした。
 さて、何かをする際の「動機」は、いったい何でしょうか。地域おこしの場合、少子高齢化への危機感でしょうか、それとも楽しい老後の生活を送りたいという希望でしょうか。参画するプロジェクトごとに理由も異なっているでしょうが、住んで楽しい故郷とそうでない故郷では、楽しい故郷の方が良いに決まっています。楽しみが目的である方が、よりモチベーションが湧くと想像できます。私が今回見て回ったさまざまな活動は、皆さん楽しんでやっておられるように見受けられ、危機感などマイナスの感情をバネにした活動よりも持続するのではないかと思いました。同じ話ばかりを引き合いに出しますが、かの男子生徒は、中学卒業と同時に塾も卒業するまで、英語の成績は低空飛行のままで終わりました。私は彼の「やる気」を引き出すことが、最後までできなかったのです。私はどちらかというと将来をネガティブに見積もる方でして、こうしたスタンスでの説得は、彼の心には響くものがなかったのでしょう。
 いわゆる地域おこしの活動は、経済的な基盤の再構築がない限り、地域の人間関係が良くなる程度で終わってしまうことが多いようです。しかし、そういう傾向のあることは理解しつつもなお、短い取材・執筆の期間で垣間見た住民の地域社会への参加ぶりは、目を見張るものがありました。前段で述べた、健全な地域ジャーナリズムが機能しているということも、この点と関わりがあるのかもしれません。

 今の日本社会は、変わらぬことよりも日々流転していると感じられることの方が多いようで、いろいろな意味で「時代の節目」になっているのは間違いありません。数年後に読み返して「古い!」と感じられることがあるかもしれませんが、あくまで2015年1月の実体験と、その後の連載期間における「一面の真実」です。そういうものだと思ってお読みいただくことを望みます。
 この連載のような「文章を使っての自己主張」が、私の存在意義だと思っています。今後ともご支援・ご鞭撻をいただけますようお願いします。ご意見や情報提供をお待ちしています。このブログ「MEGU」ではコメントを歓迎していますし、私のメールアドレスも公表しています。

 なお、この連載の執筆にあたっては、以下のような書籍・ウェブサイト等を参照いたしました。


参考文献
紙の出版物は刊行年順、同年はタイトルの五十音順。ウェブサイトはサイト名の五十音順、2016.04.01現在。新聞記事の日付・見出しは省略した。

 『日本勧業銀行三十年志』日本勧業銀行、1927年
 『金融年鑑 昭和29・30年版』金融通信社、1954年
 『賀川豊彦全集 11』キリスト新聞社、1963年
 『日本勧業銀行七十年史』日本勧業銀行、1967年
 『弘前相互銀行五十年志』弘前相互銀行、1974年
 唐牛敏世『白寿の心』みちのく銀行、1978年
 『秋田銀行百年史』秋田銀行、1979年
 佐藤正忠『人生太く永く』経済界、1980年(1990年新版)
 『協働社35年の歩み』協働社、1981年
 『秋田県紳士録』秋田魁新報社、1984年
 『大館市史 第三巻下』大館市、1986年
 『国際興業五十年史』国際興業、1990年
 林正春編『ハチ公文献集』私家本、1991年
 『比内町農協三十年史』比内町農業協同組合、1992年
 『秋田県銀行協会五十年史』(社)秋田県銀行協会、1996年
 『北都銀行百年史』北都銀行、1996年
 『秋田県人名大事典 第二版』秋田魁新報社、2000年
 『能代市山本郡医師会三十年記念史』社団法人能代市山本郡医師会、2002年 ※書名表記はママ
 『中学社会・能代市 平成18年度版』能代市教育委員会、2007年
 『秋田銀行130年のあゆみ』秋田銀行、2009年
 『小田急バス60年史』小田急バス、2010年
 小南浩一『賀川豊彦研究序説』緑蔭書房、2010年
 橋本五郎『範は歴史にあり』藤原書店、2010年
 北羽新報社編集局報道部編『廃校が図書館になった!』藤原書店、2012年
 一ノ瀬正樹ほか編『東大ハチ公物語』東京大学出版会、2015年

 「みちのく銀行合併25周年特集」『財政金融ジャーナル』2001年10月号、東京ジャーナル社
 杉山和雄「戦後地域金融を支えた人々(9) みちのく銀行唐牛敏世」『月刊金融ジャーナル』2005年9月号、金融ジャーナル社
 「『みずほ』が貪ったみちのく銀行」『FACTA』2007年10月号、ファクタ出版
 「地域とともに(162)みちのく銀行高田邦洋頭取に聞く」『月刊金融ジャーナル』2015年2月号、金融ジャーナル社

 『秋田魁年鑑』『DATA Fileあきた』秋田魁新報社
 『金融資料年報』『ニッキン資料年報』日本金融通信社
 『住宅明細図』東交出版社
 『ゼンリン住宅地図』ゼンリン
 『東商信用録 秋田県版』東京商工リサーチ秋田支店
 『日本金融名鑑』日本金融通信社
 『はくと』協働社 

 『朝日新聞』
 『毎日新聞』
 『読売新聞』
 『日本経済新聞』
 『秋田魁新報』(秋田市)
 『東奥日報』(青森市)
 『北羽新報』(能代市)
 『秋北新聞』(北秋田市)
 『北鹿新聞』(大館市)
 『日経金融新聞』
 『日経流通新聞』
 『日本金融通信』『ニッキン』
 『官報』

 『アートNPOゼロダテ』http://www.zero-date.org/
 『あいにいける秋田犬のの』https://ja-jp.facebook.com/akitainuz
 『秋田県』http://www.pref.akita.lg.jp/
 『秋田県大館市田舎生活のブログ』http://akitaoodate.blog.so-net.ne.jp/
 『秋田県立図書館』http://www.apl.pref.akita.jp/
 『秋田市』http://www.city.akita.akita.jp/
 『伊徳』http://www.itoku.co.jp/index.html
 小田切誠「『橋本五郎人気』が秋田のメディアに投げかけた思わぬ波紋」『ウェッジインフィニティ』http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2456
 『大館市』http://www.city.odate.akita.jp/
 『北秋田市』http://www.city.kitaakita.akita.jp/
 『協働大町ビル』http://www.oomachi.com/index.html
 『国際興業』http://www.kokusaikogyo.co.jp/
 『国際興業バス』http://5931bus.com/
 『秋北バス』http://www.shuhokubus-gr.co.jp/
 『大道寺会』http://www.daidoji-kai.com/index.html
 『大和情報サービス』http://www.dis-net.jp/
 『東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部』http://www.a.u-tokyo.ac.jp/index.html
 『二〇世紀ひみつ基地』http://20century.blog2.fc2.com/
 『能代市』http://www.city.noshiro.akita.jp/
 『能代山本医師会病院』http://ny-ishikaihp.jp/
 『橋本五郎文庫』http://www.h-goro-bunko.com/index.html
 『兵庫県立篠山鳳鳴高等学校』http://www.hyogo-c.ed.jp/~homei-hs/index.html
 『広く浅く』http://blog.goo.ne.jp/taic02
 『ふるさと呑風便』http://www.donpu.net/
 「琴丘町誕生50周年記念誌」『三種町』http://www.town.mitane.akita.jp/kyuhp/kotooka/kinensi50/kinensi50.pdf
 『みちのく銀行』http://www.michinokubank.co.jp/
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