2017年04月07日

2014.07.18(金)(3)岐阜県最初の駅、美濃松山

 多度駅が三重県最後の駅であり、次の美濃松山から岐阜県に入る。多度を発車して間もなく、小さな川を渡る。左の窓から大垣共立銀行の多度支店が見えた。
 養老線は多度から築堤上を走るが、この築堤も右に曲がったり左へ曲がったり、相当にカーブしている。随所で車輪がきしむ音がする。相当なS字カーブがあったりして、養老鉄道が古くから営業している線であると強く感じられる。養老線は1919(大正8)年に全線開業したが、この時代の鉄道は車両にパワーがなく急坂は登れなかったので、カーブを増やして勾配を緩やかにしたのだった。今なら勾配を多少急にしてでも線路を極力真っすぐにしてスピードアップを図るが、当時は速度もさほど求められていなかったと思う。
 大規模な送電線が頭上を横切った。播磨駅のあたりで数多く見かけたNTNの工場が、ここにもある。それから、羽目板を張り巡らせた土蔵。関東では白壁のものが多いけれども、西日本に来るとこういう羽目板を張った土蔵が多い気がする。左の車窓は、標高100m以上ありそうな背の高い山が、2〜300m先に見えるようになってきた。連なる山々は暗い緑で埋め尽くされている。地図で見ると、このあたりから養老山地が始まっている。
 それなりの幹線道路が現れた。電車の窓から見ると対面2車線みたいな感じであるが、養老鉄道に沿って大垣と桑名を結ぶ大桑(だいそう)国道(258号線)である。道路沿いには、ファッションセンターしまむらがあり、桑名信用金庫の支店が見える。それから、東建コーポレーションのアパートが多く目に付く。この会社のアパートは、茶色い外壁に柱の太いゴツい外観で、要所に三角形の飾りが付いており、見ただけですぐにわかる。ラブホテルが建っているあたり、県境らしい風情を見せている。それが岐阜県側であるのは後で調べて知った。
 電車のスピードが緩み始めた。最初の目的地、美濃松山が近づいてきた。さっきの大桑国道は、地図で見ると三重県と岐阜県との県境付近で養老線の線路をまたいでいるハズだが、電車の窓からは県境がどこなのか正確にはわからなかった。

 いま乗ってきたオレンジ色の電車が、ピーッと車のクラクションのような音を立てて発車していった。ここは、養老鉄道で岐阜県に入って最初の駅、海津市最南端の美濃松山駅である。こんな朝早くから、セミがシャーシャーシャーシャーと大合唱している。関東地区では鳴き声を聞くことのないクマゼミであった。
 桑名からの切符は、黄色いポロシャツを着たおばちゃんが「いただきます」と言って回収していった。桑名から360円。運賃は名古屋から桑名までのJRとほとんど変わらないが、距離で言ったら半分ほど、所要時間は2/3ぐらいである。
 さて、美濃松山駅は列車のすれ違いができる駅だが、駅舎のない無人駅で、2本の線路の両側に屋根付きのホームが付いている。ホームは上り・下りとも幅が1.5〜2mぐらい。ホームの端には切符の回収箱と乗車票発行機が備え付けられ、飲み物の自動販売機を1台置いた待合室も両方のホームに整備されている。ホーム北端のスロープを下りると、コンビニの独立型店舗が1軒建ちそうな面積を持つ駅前広場(のようなもの)になっており、駐輪場と、公衆便所、月極駐車場がある。駅舎がないから、改札という概念のものはない。周辺に張り巡らされている鉄柵は近鉄時代に設置された古いものらしく、水色のペンキはかなりハゲハゲになっている。自転車がまばらに置いてあるだけの海津市営の駐輪場は、小一時間もしたら自転車でびっしり埋まるのではないだろうか。月極駐車場の連絡先は、近鉄の子会社らしき会社になっている。その横はもう普通の一戸建ての民家であった。
 乗ってきた電車は、桑名行きの3両編成とすれ違いだった。美濃松山駅の旅客動態はどうなっているのだろうか。養老線の電車は、朝ラッシュ時でも30分間隔、日中は40分間隔での運転で、美濃松山駅の発車時刻は日中03分・43分・23分のサイクルとなっている。桑名行きのホームには溢れそうな数の乗客がいたが、高校生は1〜2人紛れていた程度。大垣行きは、20人ぐらいはいたと思うが、ホームに立っている乗客は全員高校生であった。朝のラッシュアワーでは、上りと下りで明らかに客層が違っている。大人の動きはさほどの差がないようだが、やはり高校生を見ると県境を越える動きは非常に少ないようだ。
 駅の東側は古い民家ばかりで店舗はほとんどない。例外的に床屋とお好み焼き屋があるくらいである。西側に目をやると、まず見えるのは、踏切横の郵便マークを付けた店舗。窓口取扱時間9時から午後4時まで、郵便貯金為替振替、などと書いてある。名前がどこにも書いていないが、ここは松山簡易郵便局である。民家の1階を婦人小物でも売る店にしたような佇まいだが、警備会社の四角いオレンジランプが付いているところが金融機関であって、零細商店とは違う。簡易局の前にある郵便ポストを見ると、取り集めは羽島支店となっていた。羽島市は東海道新幹線岐阜羽島駅の所在地として知っているが、土地鑑がないので結構遠そうという感想しか湧かない。後日知ったが、羽島局はここから直線距離で20kmほど離れている。配達は海津市旧3町それぞれに拠点があるようだが、羽島局のテリトリーの広さに驚かされた。
 簡易郵便局の隣は理髪店で、その隣が美容院。床屋は駅の反対側にもあるから、この近所には髪切り屋さんが多い。美容院の隣は一戸建ての飲食店。2階建て民家の1階が店舗になったスタイルで、看板を見る限り、喫茶店兼寿司店兼宴会場。一つの店で3つの業態という欲張った店である。
 さっき電車の窓から見てきたとおり、線路の西側を国道258号が走っている。大桑国道の松山交差点は、曲がる車線が付け足されているけれども、基本は対面2車線黄色センターラインの道のようだ。拡幅される計画があるようで、道の両側は建物が建っていない。交差点の北東側を見ると、セブンイレブンが1軒見える(海津南濃町松山店)。平屋建ての独立店舗で、店の前に大駐車場を備えた街道沿いに典型的なタイプである。南東側には、奥まったところに《CDレンタル》という文字が見えるしもた屋があり、その店の駐車場が国道に面している感じだが、要はセットバックしたまま放置されているのだろう。北西と北東側は、ちょいちょいと民家や店舗があったりする。ヤマハの自転車屋と食堂らしい店舗が見えるが、もうしもた屋なのかも知れない。
 国道の西は、200mぐらい先から山が始まっている。徐々に高くなる感じではなく、200mぐらい先からいきなり山がそそり立っているように見える。実はこれは養老山地の特徴の一つであるが、後述する。民家は山の付け根まで続いているようだ。

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posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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