2017年04月16日

2014.07.18(金)(12)[海津市役所南濃庁舎]を制覇

 対面2車線の県道との交差点を渡ると、そこが海津市役所南濃庁舎であった。敷地の県道に面した部分は、役場の前とあって広場のように整備され、花壇にはきれいな花が咲いている。信号のある交差点の背後には、4階建てのかなり大きな庁舎がそびえていて、その手前に大垣共立銀行のATM小屋も見えた。
 南濃庁舎の建物は、結構古そうに見える【注1】。後で調べると1961年10月の築であった。当時としてはなかなか洗練されたデザインの建物で、それなりに著名な建築家が設計し、結構な金をかけて作ったのではないだろうか。建物は斜面の上にあって、正面玄関はスロープで上がった2階であった。海津市コミバスは、2階の玄関前まで乗り入れるようだ【注2】。
 大共の店舗外ATMは、役場本庁舎の手前、スロープ下の駐車場入口にある。ATM1台だけの独立小屋で、大共の1992年以降の標準的な外観である。さっきの[松山]との違いは、緑色をした機械室部分の屋根の角が丸みを帯びていることで、1992年にこのスタイルの小屋が導入された当初は、ここのようにまろやかな曲線でデザインされていた。規格が若干変わったようだ。
 小屋の中をガラス越しに見ると、ATMはここも富士通のFV20。ただし、生体(手のひら)認証に対応している。さっきの[松山]は対応していなかったから【注3】、こういう公共機関のATMは銀行の待遇が少し違うようである。
 さて、制覇作業を。と思ったが、こんな時間に車が1台停まっており、先客がいた。機械が1台しかないのに、何をもたもたしているのだ。と、口に出して言うわけにはいかないので心の中で毒づいていた。気が短く内弁慶な私である。先客が立ち去るのを待って、機械を操作。08:41、[海津市役所南濃庁舎]を制覇した。

 南濃支店海津市役所南濃庁舎出張所は、南濃支店管内では3番目の店舗外ATMとして、1997年1月に開設された。当初の名称は[南濃町役場]といったが、2005年3月の海津郡3町合併により[海津市役所南濃庁舎]に改称されている。さらに南濃庁舎が2014年いっぱいで廃止されたのに伴い、2015年2月の南濃支店代理店化に合わせて[海津市役所城山支所]に改称、同時に母店も海津支店に変更となった。
 3町合併当初の海津市役所は分庁方式で、組織も3つの旧町役場に分散されていたが、海津庁舎(旧海津町役場)を市役所の本庁舎として整備し、他の2庁舎(南濃・平田)は廃止された。代わりに、当地では南濃庁舎西側の文化会館内に市役所の支所を新設した。これが「城山支所」である。ATMの現在の名称「城山」は南濃町が発足する前の旧町名で、かつて駒野城という山城があったことに由来している。旧町役場の北西1km地点にある小学校がその跡地であるそうだ。自治体名は海津郡城山村といったが、1954年6月に町制施行して城山町となり、さらに同年11月5日石津村・下多度村と合併して南濃町に、2005年3月には3町合併で海津市になっている。
 ところで、海津市は3町合併の際「ひらなみ市」という名前になる計画だった。平田・南濃・海津の頭文字をとって、平南海=ひらなみ。この名前は不評でやめになったのだが、こうした合成地名は地名学の研究者からも強い批判を浴びているし、まあやめてよかったのだろうと思う。結局、海津郡の3町が合併するということで、順当に郡名をそのまま新市の市名とした。なお、「ひらなみ」の名前は、「平田町」の名前の由来となった鹿児島県からも異論が寄せられたということである。鹿児島県とどういう関係があったかについては、後述する。

 ATMを操作しながら小屋の中の様子を見る。面白い掲示物があった。東日本大震災の義援金の振込先口座が掲出してあるのだが、横にシールが貼ってある。そこには《左記の口座に振り込まれた方のお名前の、新聞への公表は行っておりませんのでご了承下さい》と書いてあったのである。思わず笑ってしまった。「ご安心下さい」ではなく「ご了承下さい」ということは、寄付したのに新聞に名前が出ないじゃないか、という世知辛いクレームでもあったのだろう。名前が出て顕彰されなければ寄付もしないのか、と思うが、このあたりの土地柄なのだろうか。
 とはいえ、そういう下心ミエミエであっても、現金に限っては、やはり寄付しない人間より寄付する人間の方が偉いと私は思う。たとえば、日本テレビ系列で毎年夏に放送している『24時間テレビ』という番組。これについて、偽善だと非難する人が毎年必ずいるけれども、実質的な意味で福祉の役に立っているのは、微々たる額であってもカンパする人と、それを取りまとめて寄付の段取りをとる日テレであろう。番組の内容とか作り方について批判することはあり得ると思うが、それ以外であの番組を批判する人は、おそらく批判するだけで何の役にも立っていないのではないだろうか。

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 【注1】海津市役所は2015年1月1日付で海津庁舎に一本化され、南濃庁舎は2014年いっぱいで業務を終了した。旧南濃庁舎はすでに解体されている。
 【注2】現在は南濃庁舎の敷地内通路であった道を奥へ進み、隣接する文化会館の前を通って国道258号線に乗り入れている。
 【注3】現在は対応している。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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