2017年04月21日

2014.07.18(金)(17)「ピピット」のこと

 今日ここまで「手のひら認証」という言葉を何度も使ってきた。預金のセキュリティを向上させるため、あらかじめ登録した身体的な特徴の情報をもとに本人確認をする、生体認証システムの一つである。日本の銀行では、りそなグループのように親指を使うものと、三菱東京UFJ銀行のように手のひらを使うものと、2陣営に分かれている。
 大垣共立銀行はこれらのうち、手のひらの静脈による認証を採用している。一般的な銀行の生体認証は、キャッシュカードと暗証番号を用いた上で、セキュリティを「強化」する手段として行われていることが多い。大共はそれより進んでいて、生体情報の登録さえ済んでいれば、カードがなくても、機械に手のひらをかざすだけで預金の出し入れができる。津波で家財道具一式を洗い流されてしまったような場合を想定しているが、私などは、ポケットからキャッシュカードを出すことすら面倒に感じられる夏の炎天下、カードを持ち歩かなくても大共の「めぐ」ができるので重宝している。
 大共は、このサービスに「ピピット」という名前を付けて大展開している。私はこの「めぐ」の少し前、大共の別の店に行った時に、手のひら認証の登録を済ませてきた。今日はここで「ピピット」の取引を試してみることにする。
 まず初期画面。取引の種類がたくさん並んだ一番最初の画面で「お預け入れ」を押す。すると「簡単取引」と「手のひら認証」の2択になっている。「手のひら認証」のキーを押すと、生年月日の入力になる。『ドラえもん』の野比のび太であれば、昭和39年8月7日で【注1】、3・9・年・8・月・7・日、と7回押すことになる。慣れればまあリズミカルにやれなくはない。その後いよいよ、認識装置に静脈情報を読み込ませる。ATMの指示に従い、手首を平らに置いてかざしていると、“ピピット”というユーモラス(?)な音声が出る。これで完了、と言いたいところだが、一発で認識できることは案外少なくて、スキャンはやり直しになることが多い。認識精度が良くないのではなく、チェックが厳密過ぎるのだと思う。なお、預金引き出しの場合はこの後さらに暗証番号も必要である。
 私個人の感想としては、生年月日の入力がやや面倒臭いと感じる。数字キーとは別に「年」「月」「日」のキーを押さなくてはならないからだ。数字だけで「390807」のように一気に入れられるようにして欲しいし、欲を言えば西暦にも対応して欲しい。預金引き出しの際は、手のひらをかざした後さらに暗証番号を入力させられるけれども、生体情報を登録してあるのであれば、生体情報と誕生日、または生体情報と暗証番号だけで十分ではないかと思う。それから、手のひらのスキャン。なかなか認識しないことがあるのは閉口する。
 まあ、先駆的なサービスであるのは間違いない。データが蓄積されてくれば改善されると期待したい。

 大共がこの「ピピット」なるサービスを始めるきっかけとなったのは、2011年3月11日の東日本大震災であった。大共は震災以前から「レスキュー号」という災害支援車両を持っていた。衛星通信回線を使用して本部とやり取りするATMを搭載したマイクロバスである。東日本大震災が起きた時、大共は被災地支援の一環として、この「レスキュー号」の派遣を現地の複数の地方銀行に打診した。しかし、派遣の要請は1件もなかったという。被災者は、ATMでの取引に必須のキャッシュカードや通帳を津波で流されてしまっていた。周知のとおり、通帳や印鑑を自宅に取りに帰り、そこで命を落とした人もいたのである。
 この一件をきっかけに、震災の翌月から「預金者の身体ひとつで預金が下ろせるATM」の開発を開始。大共のシステム部員はATMのメーカーを訪ね歩き、富士通と沖電気工業の協力で、手のひらの静脈による認証技術を使った生体認証システムを構築することになった。静脈の情報に生年月日と暗証番号を組み合わせ、認証精度とセキュリティを確保する。こうして、カードや通帳がなくても手のひらだけで取引できるATM「ピピット」が誕生した。サービス開始は2012年9月のことであった。
 キャッシュカードを使わずに普通預金の入出金ができるばかりでなく、大規模な地震(震度6弱以上)の発生時に普通預金に自動で切り替わる震災対策定期預金や、災害時に当初1年間は無利子で融資するローンなど、大共では手のひら認証を生かした商品を各種販売している。また将来的には、手のひら認証もATMにとどまらず、手のひらだけで店舗での買い物ができるようにする構想もあるという。手のひら認証の登録者数は50万人にも迫る数に達している【注2】。

 さて、この「ピピット」に限らず、大垣共立銀行は年中無休ATM・店舗など、全国初となるような目新しい商品・サービスを相次ぎ打ち出している。こうした営業方針は、アイデアマンとして知られる頭取の土屋嶢氏【注3】によるものが大きい。1946年生まれの土屋氏は、慶応大学在学中には放送研究会に所属していたこともあり、もともと銀行よりもマスコミ志望だった。大共の頭取だった父親の斉氏に説得されて富士銀行に入行するが、最初に配属された東京・新橋支店では支店内での新聞発行を発案し、編集主幹を名乗りコラム欄に街ネタを多く書いたという。土屋家は大共の創業家というわけではないが、祖父も大垣共立銀行の頭取であり、嶢氏は3代目ということになる。7年ほどで富士銀から大共に移り、1993年6月頭取に就任。この時、当時の地銀で最年少の46歳であった。2017年の今、頭取として在任24年になるが、前の連載で触れたみちのく銀行の故・大道寺小三郎氏とはまた違ったタイプの銀行経営者と言える。
 土屋氏は近年では作詞にも取り組んでいる。作詞家「つちやたかし」としてのデビューは2010年。グループホームの経営者と酒を飲んだのがきっかけで、ホームの歌を書いたのが最初だという。銀行内の複数の歌やガス会社の社歌を手がけたのち、2013年、手のひら認証ATMのCMソングを作詞した。つちやたかし作詞、渡辺ヒロコ作曲・歌の『世界に一つしかない手のひらに』は、通信カラオケでも配信されている。ブラザー工業系のJOYSOUNDには「本人映像」と「スタンダード」の2種類があり、うち「本人映像」では、この曲のためにつくられたイメージビデオがそのまま流れている。大共は行内にテレビスタジオを持っているから、大共本店の映像が含まれるこのビデオは、行内のスタッフが制作したのだろう。蛇足ながら、私はこの曲をカラオケで毎月歌っている。

17-1.jpg17-2.jpg
 【注1】のび太の誕生年にはいくつかの説があるが、ここでは最も一般的と思われるものを採った。
 【注2】2016年12月に44万人を超えた。
 【注3】土屋嶢(つちや・たかし)氏:1946年8月9日東京都生まれ。1970年3月慶応義塾大学法学部卒、富士銀行(現みずほ銀行)入行。1977年5月退職、同年6月大垣共立銀行入行。融資部審査役、総合企画部部長代理、名古屋支店副支店長、同支店長兼名古屋事務所長を経て、1982年6月取締役、名古屋支店長兼名古屋事務所長委嘱、1983年4月名古屋支店長委嘱、同年10月外国部長委嘱、1984年6月常務取締役、同委嘱、同年10月解嘱、1986年6月専務取締役、1991年6月取締役副頭取、1993年6月代表取締役頭取、現在に至る。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/448542185
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
カテゴリ一覧(過去の連載など)
大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇(24)
単発(12)
告知板(24)
銀行めぐ2015冬 みちのく銀秋田県全店制覇(29)
りそめぐ2013梅雨 大阪市営バス“最長”路線[93]を行く(43)
りそめぐ2011晩秋 都営バス最長路線[梅70]の旅(57)
りそめぐ2008秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる 東武伊勢崎線・野田線沿線17店舗の制覇(51)
りそめぐ2009初秋 りそな銀千葉県内12店舗完全制覇(35)
りそめぐ2008夏 りそな銀東京都世田谷区4店舗完全制覇(8)
りそめぐ2008春 埼玉高速鉄道で帰省してみた(18)
りそめぐ2008秋 太平洋は青かった 茨城→北海道750km大移動/銀行めぐ2008秋 札幌市内4行4店舗完全制覇(20)
りそめぐ2008初秋 湘南セプテンバーストーリー(11)
りそめぐ2008冬 銀河に乗って知事選たけなわの大阪府へ(47)
りそめぐ2008夏 「近畿大阪めぐ」スタート記念 片町線・京阪線沿線25店完全制覇(51)
りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿(60)
りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える(12)
りそめぐ2007秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる(35)
2007年7月 りそな関西地区支店昇格5店完全制覇+α(43)
あさめぐ・最後の爆走 西日本地区15店+1店完全制覇(34)
2006年1月 りそめぐ「旧奈良銀店舗全店制覇」(53)
第四銀行めぐ 2005年(41)