2017年05月12日

2014.07.18(金)(38)さらば輪之内町

 さっきの川沿いの道を北上する。
 カントリーエレベーターの前をさっき通らなかったので、元の道に戻る機会に通ってみた。カントリーエレベーターは、収穫した米を貯蔵しておくための施設で、大まかには乾燥機と貯蔵庫をエレベーターでつないだ倉庫である。稲刈りして脱穀した「もみ」を乾燥させてサイロに保管しておき、米が必要な時にもみ摺りをして出荷する。カントリーエレベーターで特に目立つのは、米を貯蔵しておくサイロの部分である。
 ここには、7階建てビルくらいの高さの円筒が8本ほど並んでいる。周囲に何もない水田地帯に、窓のない長細い円筒が林立していて、見上げるとその巨大さを改めて感じた。その下にJAにしみのの店舗(輪之内支店)があるが、建物が非常に新しいのが印象的であった。輪之内町は面積こそ小さいけれども、農業でかなり稼いでいるようで、青息吐息というわけではなさそうである。

 県道羽島養老線に出た。歩道が完備された対面2車線の道が、水田地帯の真ん中を相変わらず貫いている。道端には、彼岸花に似た赤い花が咲いていた。朱色で鮮やかな色合いであった。真夏のこんな時期に彼岸花ではないと思うが、植物のことは私にはさっぱりわからない。なお、距離を計算してみると、この付近(八反田交差点近く)で、自転車での移動は計画上の中間地点に達したようだ。
 その先、中郷交差点の東側には、立派なお屋敷があった。石垣の上に土蔵などが多数建っており、伝統的な輪中の家と思われる。この近所では珍しくないであろうお屋敷だが、私はよそ者であるので物珍しさを感じて写真を撮る。小中学校の地理の時間で教わる濃尾平野の輪中は、こうした高台上の住居の話をして終わりになると思う。高須地区などで見たとおり、堤防の内側にある民家は、少しかさを上げて高いところに作られることが多い。古い住宅ばかりでなく、注意して見ると新しい家でも1mぐらい高く上げた台の上に建っている。日常生活に使われる母屋とは別に、洪水が来たときに避難する水屋が、さらに高度を上げて建てられていることもある。水屋がない場合でも、天井に小舟が常備されているとか、仏壇が滑車で天井裏に引き上げられるようになっているとか、濃尾平野ならではの特徴がみられる。この中郷のお屋敷にも、そうしたものが一つや二つありそうである。「輪之内」という町名は、まさに輪中の内側という意味なのであった。
 お役所が作った白い矢印看板が出ている。養老公園11km先、とあった。養老公園は有名な「養老の滝」を中心とした公園で、この近辺では随一の観光地である。近所にある養老天命反転地については、聞いたことがある。中に入ると平衡感覚が保てなくなるらしい。
 それにしても、養老までまだ10kmも自転車を漕ぐのか。少々疲労感が増した。

 さて、自転車を漕ぎ続けていて、これまであまり感じなかった向かい風を感じるようになった。自転車を降りて立ち止まっても感じるほどの風圧。養老山地から吹きおろしてくる風が相当強いようだ。そういえば、さっき寄った平田町三郷のコンビニには、風除室があった。わざわざ設置したということは、このあたりは相当に風の強いエリアなのだろう。暑い時期なら風が吹いても寒さを感じることはないし、むしろ暑さを和らげる効果があるのだけれども、それでも風を感じるというのは、一つには疲れてきたことと、もう一つはやはり風圧が相当強いのだろう。高校時代、向かい風をもろに正面から浴びて自転車通学していたことを思い出す。有名な冬季のからっ風に悩まされたのである。別に懐かしくはない。
 向かい風に向かって自転車を漕いでいると、太腿が少しつり始めた感じになってきた。どうも今日は行程の最初から左足の膝が思わしくなくて、このあたりまで来るとだいぶ庇いながら足を動かしている。ペダルがガタガタしているのは前述したが、やはりメンテナンスが良くない自転車に乗ると、体に相当な無理を強いる。庇いながらという点からすると、痛みが一番少ないのは立ち漕ぎだが、立ち漕ぎは立ち漕ぎでこれまた疲れる。どうしたらいいのだろうか。
 それから、車道の横に歩道が整備されているところでは、別の道路が接続するところでわざわざ歩道を終わりにして、境界が高さ1cmぐらいのエッジになっているところがある。微妙な段差だけれども、これも長距離乗っているとだんだんダメージになってくる。
 なお、後日この道は自転車で再度走ってみたが、やはりこのあたりで疲労が顕著になり始めた。

 福束(ふくづか)という交差点まで来た。ここから西は堤防上に上がるスロープになっていて、揖斐川を渡るブルーのトラス橋が堤防の向こうに見えている。ブルーの色調は今朝駒野から高須へ向かう途中で渡った福岡大橋と同じだが、ここは本格的なトラスが橋の上にそびえ立っている。橋の名前は福束大橋という。この橋が架かったのは1972年だが、それ以前は対岸との連絡は県営渡船で行っていたという。この福束大橋を越え、幹線道路に突き当たったら左に曲がると、その先が目指す[船附]なのであった。なお、このあたりは福束輪中という名前で、福束輪中の領域がそっくりそのまま安八郡輪之内町となっている。
 堤防上に上がる坂を漕いで上がる気力がないので、自転車を降りて、押して上がってしまった。少しバテて来ているのか。上がりきったところで堤防道路と交差する。この交差点は福束大橋東詰といった。いよいよここから福束大橋が始まる。この橋は割合最近塗り直したようで、青い塗装が大変鮮やかであった。ただし、歩道のアスファルト舗装はガタガタである。塗り直すついでに修理しといてよと思うが、岐阜県の道路予算はよほど乏しいようだ。
 福束大橋の本体を渡り切ると、さらに橋がもう1本あり、こちらは小さい川を2本まとめて渡っている。1本は水門川というそうだが、もう1本の名称はわからなかった。福束大橋は青い塗装もそうだが、揖斐川の西側で小さな川をまたいでいるところも午前中の福岡大橋と同じである。これらの小さな川は、川下で揖斐川に合流しているのだろう。小さいといっても15〜16mぐらいの川幅があるのだが。その左(川下側)の彼方には、大きな堰が複数見える。何に使う堰なのだろうか。このあたりは水があり余っていそうなエリアだが、農業用水など取る必要があるのだろうか。すぐ後でわかったが、あの堰は国土交通省の排水機場である。ポンプで排水しないと、輪中から余分な水が出ていかないのである。

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posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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