2017年05月15日

2014.07.18(金)(41)旧営業店の[船附]を制覇

 大垣共立銀行船附出張所は、支店のような2階建ての建物であった。ここは店舗外ATMである。かつては養老支店の有人出張所だったが、無人店に変更されたのは、事前の知識として知っていた。建物に近いところに自転車を置いた。
 建物向かって左側に、裏手へ続く通路がある。工事現場の足場用の鉄パイプで塞いであるが、塞いでからだいぶ時間が経っているようで、パイプはひん曲がったり傾いたりしている。奥を見ると、土地が少し高くなっている。出張所の奥にある船附の集落に向かう道で、道路だけが盛り土の上を走っている。前述のとおりこの近所は川の付け替えがあったところであり、この道もかつては堤防道路だったのだろう。ということは、大共の出張所は川の跡にあるのか。後日古い地図で確認してみると、おおむねそのとおりであった。1964(昭和39)年発行の地図では、牧田川はすでにショートカットの工事が終わっている。
 さて、うらぶれた雰囲気を感じつつ、建物左端の自動ドアから店に入った。行員が「いらっしゃいませ」と声をかけてきそうな錯覚があったが、窓口室があるハズの場所にはシャッターが降りており、店内はシーンと静まり返っている。
 キャッシュコーナーは機械枠が2台分で、空き枠はない。ATMは沖電気バンキットと、それと同じボディで「NEC」の銘の付いた機械が1台ずつ置いてある。大垣共立銀行のホストコンピュータはNEC製であり【注1】、NECは沖電気からATMのOEM供給を受けているから、その関係であろう。2台とも手のひら認証対応にはなっていなかったが【注2】、代わりにここは店舗外ATMでありながら硬貨の扱いをしている。旧営業店から格下げになった店舗外ATMであるためのようだ。大共ATMでの硬貨の取り扱いは原則営業店のみで、硬貨は入金はできるけれども出金はできない。1000円未満の金額を出したいときは「お釣り入金」でやるしかない。
 「お知らせ」という掲示が出ている。《長らくご利用いただきました当船附出張所は、都合により平成16年5月17日をもちましてATMコーナー(自動機)のみによる出張所へ変更させていただきました》とあった。いま2014年、平成26年であるから、この店が無人化されて丸10年経ったわけである。銀行の有人店舗で一番多いのが「支店」、その次が「出張所」であろう。銀行で店舗の種類を変えるのはよく聞く話だが、たとえば支店から出張所に変わる場合、素人にとっては名前が変わった程度の変化でしかないが、銀行の内部では相当大きな変化があったことになる。一方、有人出張所から無人の出張所(店舗外ATM)への変化は、銀行としては軽い変更でしかない。なにしろここ[船附]に関して言えば、正式名称は「養老支店船附出張所」のままで変わらないのである。しかし、利用者にとっては行員がいるかいないかで大問題となる。銀行の内外でそういうギャップがあるのが興味深く感じられた。
 有人営業店を無人化して、建物のキャッシュコーナー部分のみ稼働した場合、ランニングコストはATM小屋と比べて大幅に高くなると聞いたことがある。大共がATMの営業をあえて有人出張所時代の建物で続けているのは、機会があれば有人店舗として復活するつもりなのだろうか。出張所から西に入った本来の船附集落は、前述のとおりかつては交通の要衝であり、物資の集散地でもあって、農業金融を主力としていた明治時代の大共が支店を出していたこともある。大共が80年代になって営業店を復活させたのは、旧来からの有力な顧客がいるばかりでなく、大桑国道のバイパス開通を契機に大垣の町と直結する地域として新たに発展が見込まれたからだろう。開発は思ったようには進まず、出張所も無人化されてしまったけれども、船附の場合はこの奥に古い集落が控えているし、店舗外ATMとしては機械の台数も多く、大駐車場完備。有効に活用されていると感じられた。
 というわけで、制覇作業を行う。[船附]の制覇は13:56のことであった。

 店舗外ATM[船附]は、有人店舗であった養老支店船附出張所が2004年5月17日付で統合されたことにより開設されたものである。有人店としての船附出張所は、1988年11月に現在地に開設された。
 当地における大垣共立銀行は、1899(明治32)年9月の船附支店開設に始まる。当初は養老郡笠郷村大字船附119番戸にあったが、船附の集落内における3度の移転を経て、1936年2月に本店船附出張所となり、戦後の1950年11月に廃止された。最後に店のあった船附838番地は、船附集落の商店街内であるが、今となっては木造家屋が飛び飛びに並ぶ程度の住宅地になってしまっている。笠郷村は、1954年11月に1町9村の合併により養老町となっている。

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 【注1】大垣共立銀行は2017年5月6日から、勘定系などのシステムを日本ユニシスのオープン勘定系システム「BankVision」に切り替え、NEC製メインフレームで動作していた旧システムを廃棄した。
 【注2】現在は手のひら認証対応の機械が入っている。
posted by 為栗 裕雅 at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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