2008年03月28日

2008.01.18(金)(9)幸手支店

 東武動物公園駅近くの2か所の支店を制覇した。次の目標は日光線で2駅先、「幸せを手にする街」こと幸手(さって)市である。
 駅に戻ってきた。改札を入って下りホームにおりると、電車がすでに停まっていた。紫色の線の入った旧営団地下鉄の車両である。急行南栗橋行き、15:21発とある。乗り込んで発車を待つが、なかなか発車しない。午前中の事故の影響だろうか。結局、電車は東武動物公園を3分遅れで出発した。
 今日は大分日差しが強い。電車の中にいると(時間的に日が傾いてきたせいもあるが)眩しくて、おととい雪が降ったのに少し暑いくらいである。
 10分ほどの乗車で、幸手に到着した。ダイヤでは15:28着となっているが、少し遅くなっていただろう。幸手駅は国鉄式配線というらしく、本屋(駅舎)のある側にホームが1本、そして跨線橋で渡った反対側に島式ホームがあって、電車の通過待ちや退避ができるようになっている。はずなのだが、西側の島式ホームは、駅の外側に向けて柵がつけられ、複線の両側にホームがへばりついた対向式ホームと同じ形態になっていた。柵の向こう側に見える駅西側の風景は、畑が残りのどかである。しかし、この界隈も近々区画整理の予定があるという。
 ホームの一番北端についた跨線橋を渡って、線路東側にある平屋建ての古い駅舎へ。改札を出ると、駅前ではロータリーを新設する工事が進められている。おそらく、駅舎を建て替えて橋上駅舎にし、畑の残るのどかな西側には駅前広場が新設されて、状況が一変してしまうのであろう。駅前はロータリーにする以外に何か開発手段がないのだろうか。
 工事中のロータリーの向こうに駅前通りが延びている。駅前にあった東武ストアは解体されて何かを建設中であった。「あさめぐ」の時代にはなかった埼玉りそなの店舗外ATM[幸手駅前]が、駅前に新設されていた。小屋には富士通ファクトAが1台だけ置かれていた。店舗外ATMに旧型の機械を回し、支店に新しい機械を配備するというのは、旧大和銀行のセンスではないだろうか。あさひは割合に店舗外ATMにも新しい機械を投入していた銀行だった。このあたり、やはり(あさひとは違う)りそななのだということを感じた。

 駅前通りは、セットバックがここ数年の間に一気に進んだらしい。幸手市にはここ5年ほど来ていない気がするが、街の様子がすっかり変わってしまっていて、浦島太郎のような心境になった。埼玉りそなの幸手支店はどこにあるのだったか。南北に走る通りの右(東)側という記憶しかない。
 駅前の交番で聞いた。警官は、ロータリーの工事をしている先の道を直進して「幸手駅入口」という交差点で左折すると、その先の右側にあると教えてくれた。なるほど、ロータリー工事の先は、やはり私の覚えていたとおりであった。おまわりさんの教えに従って幸手駅入口の交差点で左折すると、さっき見た杉戸の街並みと似たような風景が広がっていた。かつては商店街だったのだが、今はもはや商店街とは言えなくなっている。そういえばおまわりさんもさっき「市街地」と言わずに「街並み」と言っていた。
 交差点からすぐのところが栃木銀行幸手支店。その1軒おいて右隣りは、古くて黒い木造商家である。幸手の目抜き通りは、土蔵も残っていて古い町並みなのだが、表通り沿いに関しては大体1975年頃(?)に新築された建物が多い。そして、埼玉りそな銀行と武蔵野銀行の看板がほぼ同時に見えた。埼玉りそなの前は古い商家で、「五七番」と書かれたホーロー引きの黒い電話番号の表札が残っていた。武銀はSRの1軒おいて北である。
 支店のATMコーナーに入る。内装は埼玉銀行時代のものが使われていて、「お振込み」などの行灯表示のプレートだけ緑色に変えられていた。ATMは6台で、すべて富士通ファクトVのモデル10である。一番左の1台だけがIC対応になっている。このIC対応の機械は、埼玉りそなにしかないという「ペイジー」の伝票読み取り機能が搭載されていて、通帳の挿入口をよく見ると、5cmほどだろうか、通帳の幅にプラスして右側に細いスリットが付いている。ここから伝票を挿入して読み取らせるのだろう。制覇作業を行う。
 幸手支店は、粕壁銀行の幸手支店として1896(明治29)年3月に開設されたものである。粕壁銀行は、幸手支店開設の2か月前に南埼玉郡粕壁町(現春日部市)に設立された銀行である。経営は当初順調であったが、支配人が行金を費消したことが発覚して取り付けにあい、素封家や銀行から借り入れてしのいだものの大きな打撃を受けた。これが遠因となって、埼玉県の中央銀行として機能していた武州銀行(浦和町、現さいたま市)に1920年6月合併され、幸手支店は武州銀行の幸手支店となった。粕壁銀行の合併は、埼玉県内の中小銀行を合併する目的で作られた武州銀行にとっては銀行合併の第1号であった。1943年7月の4行合同で、武州銀行は埼玉銀行となる。
 現店舗は1969年10月に新築されたものである。ところで、幸手支店の写真を、先日掲載した杉戸支店のものと見比べていただきたい。少し似ていないだろうか。実は、杉戸と幸手は建築がほぼ同時で、社史によると新築移転日は1週間しか違わないのである。

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posted by 為栗 裕雅 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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