2007年09月15日

2007.09.14(金)銀座・浅草橋の最終日

 こんばんにゃ。
 連載にならないめぐ記を載せるため、新たに「単発」のカテゴリを設けました。その第1号となるのは、9月14日(金)が最終営業日だったりそな銀行の都内の2支店、銀座支店と浅草橋支店です。

 行ったのは最終営業日の早朝です。朝7時半頃、渋谷から営団地下鉄銀座線に乗車(私は「メトロ」という言い方になじめないので敢えて「営団」とします)、銀座で降ります。
 銀座支店は松坂屋銀座店の1階です。外壁には大丸と経営統合した広告がデカデカと掲示されていて晴れがましい雰囲気なんですが、りそなは今日限りで統合です。銀座支店は「あさめぐ」の時に来ただけで、りそなになってからは1度も来たことがなかった支店。だから、下手をするともう10年近く来ていなかったわけで、それはそれで寂しいものです。
 入口入って正面が窓口室で、ATMは右側一番奥の壁面。機械は5台ありまして、一番左側が「富士通ファクトV・モデル20」(生体認証対応型)。ファクトAもまだ現役で使われてました。「モデル10」があったかどうかは忘れました。
 今日の窓口は15時で終了。ATMも18時で終了です(これはどこの支店の統合でも同じ)。支店統合後、ATMコーナーも閉店して改装工事を行い、10月の下旬から再開するそうです。支店は松坂屋の建物最南端にありますが、キャッシュコーナーのさらに南側に行員の通用口がありまして、ATMは多分そこをつぶして置くのではないかと思われます。機械の台数は2台に減るそうです。以上は、シャッターの向こうからたまたま出てきた行員さんにうかがった情報です。
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 銀座支店の後は、東銀座まで歩いて都営浅草線で浅草橋支店へ移動です。
 私は、高校から学部生の頃まで民間放送に関心を持っていました。銀座には民放ローカル局の東京支社が集中していて、タイムテーブルをもらいに各社を歩き回ったことがあります。東銀座まで歩く間に、銀座4丁目交差点のコアビルに「広島テレビ放送」が当時のまま入っているのを見てちょっと嬉しくなりましたが、民放の東京支社は20年近くの間に移転したところが多いようです。東銀座には最近、群馬の第二地銀・東和銀行が立派な東京支店ビルを建てましたが、その2軒隣のビルには「テレビユー山形」の東京支社があります。以前どこにあったかは記憶がありません。
 さて、浅草橋支店は、都営浅草線だと浅草橋からでも東日本橋で降りても大差ありません。JRの北側にある浅草橋駅からだと雑貨街を、南にある東日本橋からだと日本橋横山町のアパレル系問屋街を、抜けてくることになります。私は東日本橋で降りました。駅を出てすぐの店で、鶏頭の花みたいな真っ赤なものを店員さんが動かしていて、何だろうと少しだけびびりました。ウエディングドレスの専門店だったようです。
 三井住友銀行浅草橋支店(旧さくら、店舗は旧住友)の隣にあるりそなの浅草橋は、旧大和店舗です。浅草橋支店の建物は「大和浅草橋ビル」という名称で、テナントを見るとりそなグループ関連以外には入っていないようです。なぜここは「りそな××ビル」という名前になっていないのか不思議。もっとも、JR浅草橋駅前にある旧あさひ銀行浅草橋支店(あさひ銀時代に統合済み、現在は店舗外ATM[浅草橋駅前])は「りそな浅草橋ビル」なので、こっちは「りそな浅草橋第二ビル」とでもしないといけませんが。
 ATMは4台。一番左の1台は、オムロンの旧型ATM「HX」が現役でした。あとは「JX」2台に、日立オムロンの「AK−1」(生体認証対応型)が1台。
 制覇を済ませたところで9時の開店だったのですが、シャッターが開いてびっくり仰天。浅草橋支店は、店内が既に「クイックナビ」方式に改装されてるんですね。このあたりを鑑みると、浅草橋支店の統合は結構唐突に行われたんじゃないでしょうか。最初から統合するとわかっていたら、改装工事なんかはしないでしょうから。
 浅草橋支店跡地のATMは、年末までで営業を終えるようです。
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 帰りに、JR浅草橋駅前にある旧あさひ店舗を見てきました。建物にはグループ外のテナントが少々入っていますが、4階から上はりそなグループしか使っていません。1階には管理室しかないようです。こちらはどうも、支店時代から全く改装されていないようで、窓口室との境目にあるシャッターなども健在です。おそらく、旧窓口室をそのまま管理室として使っているんじゃないでしょうか。2・3階に別のテナントが入っていることを除けば、外見上りそな銀行の支店として現役のようです。


 現在「めぐ記」で大作を1本準備中です。この夏は色々と余計な用事が多くて忙しかったのですが、それにしても時間がかかり過ぎました。近日連載を開始しますので乞うご期待。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 19:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

2007.10.19(金)新高円寺の最終日+南阿佐谷再訪

 10月19日(金)の営業終了をもって、中野支店新高円寺出張所(東京都杉並区)が統合になりました。例によって最終営業日の制覇をしてきましたので、関西めぐ記の途中でちょっと気分転換を。

 午後2時頃、地下鉄丸ノ内線で新高円寺駅へ。出張所のある「高円寺ルック商店街」は、荻窪寄りの出口を出て、すぐ右側にあるみずほ銀行(高円寺支店、旧第一銀行)の角を曲がったところです。
 空はどんよりと曇っています。出張所に行ってみると、既に荷物の運び出しが佳境を迎えているようでした。店に入ると、引っ越しの合間に窓口を片手間に開けているような印象がありました。
 この出張所は、「クイックナビ」の総合受付に相当するカウンターと応接スペースだけがあって、あとはスリガラスで仕切られた事務スペースという造りです。藺草の暖簾がかかっているなど、全体に和風に作られていて、キャッシュコーナーの仕切りなども木目調(白木ではなく焦げ茶色)です。通常営業中はシックで落ち着いた雰囲気を醸し出していたのですが、今日は撤収作業中の行員さんでごった返しています。
 受付カウンターの女性行員とは別に、ロビー係の男性もいました。カウンターに直行して女性行員に通帳を見せ、口座Aから口座Bへの資金移動をお願いしたところ、やはりというか何というか、キャッシュカードを持っていないか聞かれました。ないと答えると初めて出金伝票と入金伝票の2枚を渡されますが、迷惑がっている様子がありありと感じられました。少し緊張して、伝票の口座番号を書く欄に間違えて金額を書いてしまったのですが、「そこは金額を書く欄ではございませんので」と即座にピシャリと言われました。新しい用紙をすぐ出してくれたのはいいのですが、書き間違えた用紙はビリッと真っ二つに破り捨てられ、悲しい思いがしました。
 手続きそのものはすぐに終了。普段ならその後すぐATMで取引をして、敢えて母店の名前を通帳に出すのですが、今日は店の雰囲気からしてはばかられました。新高円寺はカウンターの目の前がもうATMですし。というわけで、いったん店を出ました。
 近所の100円ショップで10分程時間をつぶしてから、改めてATMを利用しました。店内では別のお客さんが話をしているようでしたが、小耳にはさんだところによると、少しでもややこしい客は全て、JRの駅の北側にある高円寺出張所(新高円寺出張所北800m)に行くよう案内しているようでした。ほとんど丸投げの様子です。そのお客さんは「こんなんじゃ窓口を開けてる意味ないじゃん」と憤慨していたようですが、私も少しそう思いました。

 新高円寺出張所は、りそな銀行の個人向け軽量化店舗「りそなパーソナルステーション」の関東地区における第1号です。中野支店を中心として、複数の有人出張所を衛星のように張りめぐらせる実験という意味合いで開設されたもの。中野支店には新高円寺も含めて有人出張所が4つありますが、これらのうち3か所(南阿佐谷、高円寺、新井薬師)は、旧営業店、もしくはかつて営業店があってある程度の営業基盤がある場所でした。新高円寺は完全に新規出店の店でしたので、ここが成功するかどうかは今後の新規出店の動向を占う意味で非常に重要だったと思われますが、このピリピリした雰囲気をみると、果たしてどうだったのでしょうか。
 統合後はATMコーナーが残りますが、来年1月末で営業を終了します。おそらく、ビルの賃貸契約が切れるのでしょう。
 私は開設初日(2004.03.22)に新高円寺出張所の制覇に訪れています。開店初日の思い出話を少し。その日は雨が降っていました。当時りそな銀行には、窓口営業時間が15時までの店と17時までの店とが混在していて、新高円寺は15時閉店でした。私は3時過ぎに着いたので、これでは本来なら初日の制覇はできなかったのですが、開店初日とあって支店長のTさん(当時)が自らキャッシュコーナーで案内係をされていて、趣旨を説明したところ通帳繰り越しの処理をして下さったので、どうにか制覇が達成できたのでした。Tさんは、新高円寺出張所開設の1週間後に中野支店長をお辞めになったようです。

 写真は、統合が発表されて間もなく、空き時間を使って8月の末に撮影に行ったときのものです。最終営業日の写真撮影は、諸般の事情によりいたしませんでした。

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 新高円寺に行ったついでに、中野支店管内のもう一つの有人出張所、南阿佐谷出張所(東京都杉並区)に行ってきました。ここは、新高円寺の翌月(2004.04.12)にオープンした店です。
 青梅街道(地下鉄)沿いのバス停から、関東バスの五日市街道営業所行きに乗車。新高円寺駅前から3つ目の「成田東」が出張所の最寄り停留所で、出張所はバス停の目の前にあります。
 商店街としては新高円寺の方が栄えているようですが、出張所の来店客数はこちらの方が多そうです。ATMの台数も、新高円寺が2台だったのに対し、南阿佐谷には3台あります。こちらの行員さんは、にこやかに応対してくれたので、緊張が少しほぐれました。
 この地には、あさひ銀行時代の2001年1月まで南阿佐谷支店がありました。旧支店は今ある南阿佐谷出張所から五日市街道を西に100mほど行った場所で、跡地には現在マンションが建っています。旧・南阿佐谷支店は、1965年7月に協和銀行阿佐ヶ谷支店東田町出張所として開設、1972年2月には阿佐ヶ谷支店廃止のため母店を高円寺支店に変更、1976年3月に出張所の名称を南阿佐谷に変更し、同年7月15日に南阿佐谷支店に昇格しています。

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 南阿佐谷から井の頭線高井戸駅まで歩き、駅の南側にあるガストで食事をしてから帰りました。高井戸は思ったより遠くて、4km近くあったようです。食事を済ませて店を出ると小雨がぱらついていましたから、歩いている時に降られないで運が良かったと思います。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 19:56| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

2007.11.21(水)流山おおたかの森出張所の制覇

 20日に開設された、柏支店流山おおたかの森出張所(千葉県流山市)に行ってきました。「“制覇”のできる」りそなの拠点新設は、今年3月の東京ミッドタウン支店以来ですので、情報をキャッチしてすぐさま、喜び勇んで駆けつけました。

 私はりそなのホームページは毎日チェックしているのですが、ちょっと体調を崩していたため、流山おおたかの森出張所開設のリリースを目にしたのは21日午後3時頃でした。このところ、3月の登美ヶ丘(奈良市)、7月の青葉台(横浜市青葉区)と、「パーソナルステーション」を銘打ちながら窓口で預金を扱わない店舗の開設が相次ぎ、失望が続いていたため、今回もどうせそうだろうと思って、一応確認のために出張所に電話をかけました。オープン日を過ぎていますから、りそなのHPにはアドレスなどが公表されています。
 そこで、窓口で(相談業務だけでなく)預金の取り扱いもしている、とのお答えがあったときの喜びといったら! 私は既にりそな・埼玉りそなとも全拠点を回ってしまっていますので、新たに回る個所ができるというのはこの上もない喜びです。
 もう21日になっていますので、初日は絶対取れません。だから焦る必要もないのですが、一応念のためダイヤを検索してみました。流山おおたかの森到着は最速で16:55。どうやら、夕方5時の閉店にギリギリ間に合いそうです。「為栗ニュース」の記事のアップもそこそこに自宅を飛び出しました。

 パソコンで検索をかけたときの乗り継ぎは以下のとおりでした。
(新宿以前は省略)新宿16:06<JR中央線、快速・東京>16:15御茶ノ水16:18<JR総武線、普通・津田沼>16:20秋葉原16:30<つくばエクスプレス(TX)、快速・つくば>16:55流山おおたかの森
 新宿駅で中央快速が1本早い16:02発に乗れたので、御茶ノ水乗り換えの総武線、秋葉原乗り換えのTXと、すべて1本早い電車になりました。新宿駅では相当に走りまして、中央線の新型車両に乗り込んだときには肩で息をしていました。
(同)新宿16:02<JR中央線、中央特快・東京>16:13御茶ノ水16:13<JR総武線、普通・千葉>16:15秋葉原16:22<TX、普通・守谷>16:52流山おおたかの森
 秋葉原でTXに乗り換えたのは、実は初めての経験です。2005年8月の開業初日に全線乗っているのですが、往路は秋葉原駅の改札が混雑のためストップ(改札止め)していたので、止むなく南千住から乗り、つくばからの復路でようやく秋葉原に達したのでした。その後TXに乗る機会は1回あっただけで、つくばから南流山まで片道乗っただけですから、「秋葉原発」の電車に乗ったことは一度もなかったのです。
 閑話休題。地下深くにあるTX秋葉原駅を、16:22発車。普通列車ですからもちろん各駅に停まるわけですが、おおたかの森まで30分というのは、上野から常磐快速で柏まで30分というのと同じ水準ですから、いかにTXが速いかということです。
 埼玉県内で左の車窓にオレンジ色の空が見えたと思ったら、現地に到着する頃には完全に真っ暗になっていました。16:52流山おおたかの森到着。TXの改札を出て右に東武の改札がありますが、それを横目で見ながら前進すると、デッキ向こうの高架下に、緑色のあんどん看板が見えます。
 階段を降りてバスロータリー脇をすり抜け、現地まではすぐです。立地条件としては、バスロータリーに面し、隣が携帯ショップ(au)、右側がコンビニのミニストップで、新興住宅地の駅前店舗としてはそこそこ商業施設が集積していると言えるのではないでしょうか。今年の春に開業したばかりの高島屋のショッピングセンターは、出張所からみると、東武野田線を挟んだ反対側にあります。
 さっそく出張所に入ると、まだ開店2日目とあって、ロビーには背広を着た男性行員2人と、スーツ姿の女性行員1人がいました。キャッシュコーナーには花篭が置かれていました。
 私の目的はただ一つ、2冊の通帳を使っての資金移動です。男性行員に来意を告げると、パーティションで区切られたカウンターに通され、ロビーの人とは別の女性行員さんに通帳と伝票を渡します。待つこと数分間。通帳には確かに<流山おおたか>と記帳されておりました。記念品のたぐいは出されず、私も求めなかったので、一切もらいませんでした。
 この出張所で新規に普通預金口座を開設すると、先着1000名にオリジナルクオカードがプレゼントされるそうです。私もクオカードは欲しいと思って口座開設を申し出てみましたが、やはり「自宅が近所ではない」との理由で断られました。りそなの口座開設がシビアなことには驚きませんが、クオカードはちょっと欲しかったので残念でした。近隣(柏市西部と流山市に限られるようですが)の方はチャレンジしてみて下さい。
 内装は最近のりそなの標準型で、窓口コーナーは「クイックナビ」の総合受付を省略し、いきなりパーティション付きのカウンターになります。ATMコーナーは白が主体。ATMを取り付ける枠が2台分ありましたが、稼働しているのは1台のみ。母店の柏支店が旧大和店舗ですので、機械は日立オムロンの「リーダスAK-1」でした。
 TXの切符売り場の横に、りそなの店舗外ATMがあります。パーソナルステーションに先立ち9月に先行オープンした[流山おおたかの森駅](柏支店)。ここのATMはオムロンではなく、日本ATMの「AJ32」。富士通ファクトV・モデル20にそっくりな、いわゆる「パチモン型」です。通帳表記が異なるわけではないので、ここでの取引はしません。

 今回、りそなに対して少々苦言を呈しておきたいと思います。
 りそなのホームページで公表されたニュースリリースが、11月19日付。こういう場合、りそなではHPでの公表は翌日になるのが常です。そして開設日が20日。営業店の開設は「晴れがましい話題」なのですから、最低でも2週間前、せめて前の週の金曜日ぐらいにはリリースを出していただけないでしょうか。しかも今回、9月に先行して駅前にATMを出しているのですから、その時点で営業店を11月に出すことは分かっていたはずです。
 今回、前週の金曜日にリリースが出ていれば、オープン初日は絶対、スケジュールと体調をやりくりして朝一番で行っていました。それとも、私のような奴を排除するためにわざとリリースを遅くしているのでしょうか? そんなことはないと信じますが。
 思い起こせば、2000年に旧あさひ銀行で開設された東川口支店の時もそうでした。リリースが遅くて、初日が取れなかったのです。りそなの東京における広報部署は旧あさひ銀行なのでしょうから、その頃から変わっていないということですね。
 とはいえ、繰り返しますが、りそなの拠点新設は「晴れがましい話題」ですので、一ウオッチャーである私にとっても大きな喜びです。大上段に構えた「苦言」は、りそなを愛するが故のものとして寛恕願いたいと存じます。

 制覇の後は、東武野田線運河駅近くのホカ弁屋で弁当を買って夕飯にしました。私は2年間だけ柏市に住んでいたことがあって、この界隈は懐かしいのです。私が住んでいた頃は、つくばエクスプレスの「ツ」の字もなく、協和埼玉銀行もまだありませんでした。

 地域の特性とか店の来歴・性質とかについて、今回はあまり突っ込んでいませんが、まあたまにはこういう日もあるさ、ということで。
 ほなさいなら。

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2008年04月01日

2008.03.26(水)池田出張所の初日

 3月26日に開設されたりそな銀行箕面支店池田出張所(大阪府池田市)の、開設初日の模様を見てきました。今回、出張所開設のニュースリリースがオープン1か月前(2月27日)に出ましたので、職場の休みをしっかり取ることができました。りそなホールディングスさんには、今後もこの調子で早め早めにリリースを出していただけますようお願いします。

 大阪への移動は、JRの「青春18きっぷ」と「ムーンライトながら」という、ある意味春休みの「王道」のような移動方法でした。出発は24(月)の晩で、25(火)は茨木西支店を皮切りにJR東海道・阪和・片町各線の沿線をハシゴし、夜は新今宮の安いビジネスホテルに泊まりました。
 26(水)朝の行程。地下鉄動物園前から御堂筋線に乗って、いったん難波で下車、「スルッとKANSAI 2dayチケット」を確保して再び御堂筋線で梅田へ。梅田08:18発の阪急宝塚線の通勤急行に乗り、池田駅に着いたのは08:39。ここで出張所の最寄り停留所「呉羽の里」へ向かうバスに乗りますが、バスの具合がさっぱりわからず(もちろん阪急バスの路線図は事前に調べていました。図の表記が理解できなかったのです)、現地に向かうバスを何本もやり過ごした挙句、乗れたバスは08:55発でした。このバスは、市街地北部にある「五月山公園」を経由するバスでしたが、それだけでも遠回りな上に、五月山公園付近で道路工事のため片側交互通行になっており、現地に着いたのが09:10頃になってしまったのです。計画では9時前に現地着の予定でしたが、池田駅で15分も出遅れたため「朝一番」とはいきませんでした。
 バスで呉羽の里に着くと、りそなの緑色の法被を着た人が何人も街頭に出ていて、駐車場の案内をプラカードを持ってやっています。背広を着た人も20人ぐらいいて、想像以上にたくさんの行員さんがいます。並々ならぬ力の入れ方を感じました。
 バス停から出張所に着いて、ビックリでした。駐車場から店にかけて20人以上の列ができていて、老若男女、子供連れまでいる。何だろうと思っていたら、これは全部口座新規開設の列だったのです。そういうこととは知らず窓口室に直接入ったのですが、「番号札はこちらで差し上げています」ということで男性の行員に裏の駐車場へ連れて行かれ、40番台の番号札を渡されてしまいました。これでは待ち時間は1時間ぐらいかかりそうです。
 ぼんやり待っているのもバカバカしいので、必要な写真撮影などを先に済ませました。その後、制覇作業の振替をするのに口座にお金が必要だったので、普段「めぐ」に使っているのとは別の通帳で、先にATMで入金しました。すると驚いたことに、通帳に<池田>といきなり出たんです。受付にいた女性の行員に大慌てで池田出張所の店番号を聞いたところ「693です」ということで、これは箕面支店とは明らかに違う。具体的な数字は忘れましたが、大阪府下の旧大和店舗である箕面が600番台ということはありえない。であれば、もうこれは普通にATMで取引をしたら話が終わります。
 店番号については、これまでの「パーソナルステーション」の新設状況からして、窓口取引をしないと通帳に店名が記帳されない「母店と同番の店」だろうと信じて疑わなかったので、「振替」の取引ができるよう、りそなの通帳2冊と印鑑まで持って来ていたのです。これを使わずに済んだのは、嬉しい誤算でした。
 ATMは2台。オムロンJX(白)とリーダスAK-1が1台ずつです。

 行列は制覇作業を済ませた時点で50人ぐらいになったようで、「これからx時間待ち」とか、そんな話が聞こえてきました。外に出ていた行員に聞いてみたところ、出張所開設の広告は、一応新聞広告では出した、あとはリビング紙(リビング新聞:サンケイリビング新聞社)とチラシ、ということでしたが、テレビCMを打ったりはしていないということです。
 池田出張所(パーソナルステーション池田)のコンセプトとしては、企業を定年退職した富裕層が、自宅の近隣で回りを気にせず落ち着いた雰囲気で資産運用の相談ができるように、ということだそうです。「日常ユーズサイド」と「コンサルティングサイド」とを明確に分け、建物の奥にあたる後者では、予約制とはいうものの応接室にペットの同伴を可能としています。また、ウッドデッキを設置するなど、遊びの要素をふんだんに取り入れているようです。もっとも、私のような「めぐラー」にとっては、日常ユーズサイドとしてのATMと、せいぜい受付カウンター程度にしか用はないと思いますが…。ニシキヘビのマフラーを巻いて投資信託でも買いに行ってみたい気がします。
 建物は、もともとレストランとして建てられ、その後花屋になったものを改装したということです。調べてみたところ、ここでは半年ほど前まで「緑のマーケット」というガーデニングショップが営業していました。運営会社のホームページも見ましたが、HPは昨年(2007年)5月末から更新されていないようです。なお、建物の2階では歯科医院が以前から営業を続けています。

 池田市は高級住宅街というふれこみでしたが、出張所の周辺は何の変哲もない普通の住宅地という感じで、率直に言うとこういう場所に店を出して商売が成り立つのだろうかと思いました。でも、行員さんは「力入れてる支店なんで」という言い方をしていましたし、店格こそ出張所ですが、支店という位置付けのようです。「呉羽の里」というようなローカル地名ではなく「池田」と市名の店名をつけ、また母店と店番を違えてあるということは、ゆくゆくは支店昇格しようと考えているのでしょう。
 関西テレビの報道部が取材に来ていました。記者さんと少し話をしまして、「りそめぐ」についてひとしきり説明し、ホームページのアドレスを教えて名刺を渡してきました。私は別に出たがりではありませんが、番組のネタとしてニーズがあるようなら取材には応じますよ、ということです。こんなのご存知ですか、と言って話を持ち掛けてみましたが、報道部の人はこういう「ヒマネタ」には興味がなさそうでした。
 記者さんに教えたHPの「本館」も、これを見ただけでは「りそめぐ」の何たるかはわからないと思います。今年5月で「遊牧民の窓」開設5周年とあって、リニューアルしたいのですが、なかなか作業時間が取れません。

 池田出張所の制覇終了後は、バスで北千里へ出て、りそなの既存店舗のハシゴを千里北支店から始めました。北千里で関テレのお昼のニュース(FNNスピーク)を途中から見ましたが、ローカルパートではりそなの話題は取り上げられていませんでした。

【おことわり】3月24〜28日の関西遠征については、いずれ体験記を当ブログで発表するつもりでおります。その際には本項目について多少の内容重複がありますのでご了承下さい。
【念のため一言】今日はいわゆる「エープリルフール」の日ですが、私はエープリルフールだからといって嘘の記事を載せるようなことはいたしません。一部では4月1日にウソ記事を載せて喜んでいる向きもあるようですが、そういうことをするのは文字通り「四月バカ」以外の何物でもないと思います。

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以下は蛇足。
posted by 為栗 裕雅 at 00:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月30日

近畿大阪銀行 営業店のATM稼働時間一覧

 「為栗ニュース」で既報のとおり、先週火曜日から近畿大阪銀行でも「めぐ」が可能となりました。
 KOめぐは(東京・名古屋を除き)ATMでほぼ全てが完結しますので、問題はATMの稼働時間ということになります。というわけで、自分用の備忘も兼ねてまとめてみました。
 なお、筆者は7月22・23日の2日間に25店舗のハシゴをしてきました。いずれ体験記を公表するつもりでおりますのでお楽しみに。体験記はこちら。りそめぐ2008夏 「近畿大阪めぐ」スタート記念 片町線・京阪線沿線25店完全制覇

(2010.10.12現在、店舗外ATMについては省略)
<標準>
 平日08:00〜22:00、土日祝日08:00〜21:00
 下に示した以外の全営業店

<特殊>
 船場:日祝休
 本店営業部:土日祝休
   ※本店南側キャッシュコーナーは平日のみ標準時間で稼働。北側は平日08:45〜18:00のみ。
 本町営業部:日祝休
 九条:日祝休
 北田辺:平9-15、土日祝休
   ※隣接地に店舗外ATM[北田辺駅前]あり、事実上こちらが支店のキャッシュコーナー。稼働は標準時間。
 今里:日祝休

 豊津:日祝休
 守口:平8-19、土9-17、日祝休
 八尾:日祝休

 神戸:平08:45〜18:00、土日祝休
 京都:平08:45〜18:00、土日祝休
 奈良:土日祝休
 高田:日祝休

 名古屋:ATMなし
 東京:ATMなし

【更新履歴】
 2008.07.22:初回リリース。
 2008.10.22_06:15データ更新:茨木サニータウン(出)・藤阪(出)・富雄・いかるが(出)は2008.08.18から標準時間(平日08:00〜22:00、土日祝日08:00〜21:00)に移行。
 2009.06.19データ更新:高田支店は土曜日の営業時間を標準時間に移行(移行日は未確認)。
 2010.09.09_19:20データ更新:中津出張所は2010.07.20統合。梅田・石橋支店は日曜祝日の稼働を開始、八尾支店は日曜祝日の稼働を廃止、奈良支店は土曜の稼働を廃止(以上日付未確認)。
 2010.10.12_15:35データ更新:神戸西支店が本日付で統合のため項目削除(「営業店」でなくなったため。店舗外ATMとしては存続、稼働時間は営業店時代と変わらず)。これを機に、表示は「最新版のみ」とした。

(参考:2008.07.22現在)
 梅田:日祝休
 中津(出):日祝休
 船場:日祝休
 本店営業部:土日祝休
   ※本店南側キャッシュコーナーは平日のみ標準時間で稼働。北側は平日08:45〜18:00のみ。
 本町営業部:日祝休
 九条:日祝休
 北田辺:平9-15、土日祝休
   ※隣接地に店舗外ATM[北田辺駅前]あり、事実上こちらが支店のキャッシュコーナー。稼働は標準時間。
 今里:日祝休

 石橋:日祝休
 茨木サニータウン(出):土日祝9-19
 豊津:日祝休
 藤阪(出):土日祝9-19
 守口:平8-19、土9-17、日祝休
 八尾:日祝休

 神戸:平08:45〜18:00、土日祝休
 神戸西:日祝休
 京都:平08:45〜18:00、土日祝休
 奈良:土日祝休
 富雄:土日祝9-19
 高田:土9-19、 日祝休
 いかるが(出):土日祝9-19

 名古屋:ATMなし
 東京:ATMなし
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2009年08月13日

「大和路りそなめぐり」

 面白い動画を見つけました。
 奈良県のケーブルテレビ、KCNの「Kパラ」という番組で、2007年8月に2回に分けて放送されたもののようです。

 KパラSummerスペシャル「大和路りそなめぐり」
  http://www.kcn.ne.jp/kcn1ch/k-para/oldmovie.htm
  前編 mms://61.86.5.250/risomegu070817.wmv
  後編 mms://61.86.5.250/risomegu070821.wmv

 ケーブルテレビの番組ですから「マスメディア」というわけではありませんが、りそな銀行めぐり「りそめぐ」がテレビ番組で取り上げられたのは、これが初めてではないでしょうか。
 KCN(近鉄ケーブルネットワーク)は奈良県生駒市に本社を置くケーブルテレビ局で、奈良県全域と京都府南部をエリアとしています。以前に当ブログの「旧奈良銀店舗めぐ」で取り上げたことがありますが【注】、本社は近鉄奈良線の東生駒駅前にあります。

【ここから先はネタバレ注意】

 奈良県内のりそな銀行店舗(含学研木津川台)を2つのグループに分け、東生駒支店を起点に2人の女性MCが競争で制覇をしながら橿原市を目指します。前述のとおりKCNの本社は東生駒駅前にあり、東生駒支店が起点というのはこれを反映しているわけです。りそなの支店をめぐるだけでなく、支店界隈の「お店情報」を織り交ぜることで、情報番組の体裁を整えています。

 北ルート(矢野ゆかり)
  東生駒→学研木津川台→平城→近鉄西大寺→新奈良営業部→大安寺→天理→桜井→橿原→香芝
 南ルート(福村千明)
  東生駒→登美ヶ丘(出)→近鉄学園前→学園大和町→やまと郡山→小泉→西やまと→高田→橿原神宮前→吉野

 両者ともKCN橿原支店(橿原市葛本町)がゴール。南ルートの吉野支店は距離的に離れたところにありますが、北ルートを遠回りさせることでバランスを取っています。
 撮影が行われたとみられる2007年7月下旬〜8月上旬というのは、やまと郡山出張所が支店に昇格されて間もない時期です。なお、撮影の時点では他に五条・西大寺(≠近鉄西大寺)・田原本の各支店もありましたが、9月の統合が決まっていたためコースからは外されています。

 感想その他、思いつくままに並べます。
 ・タイムテーブルから推測すると、この番組は普段はスタジオでの生放送。最初の放送を録画しておいて、2日間で10回ぐらい再放送する。8月に「スペシャル」と称して録画番組にするのは、スタジオでの生放送に携わるスタッフ・関係者が夏休みを取るためだろう。
 ・「ルート」の名称は南北ではなく「東西」の方がふさわしくないか。
 ・2人で競争、という発想は目新しい。少なくとも私には絶対思いつかない。
 ・この番組では月に1回、りそな奈良地域が全面バックアップした「ResoNARA」というコーナーを放送しており、森下昌樹・近鉄学園前支店長はレギュラー出演者。森下氏が事前のイントロダクションなしで登場するのはこうした事情。
 ・導入部では「りそなめぐりで“りそめぐ”っていってるんです」と言っており、「りそめぐ」という語がそれなりに定着していることがうかがわれる。
 ・2人の女性はいずれも番組のレギュラー出演者で、プロのMC。矢野氏は現在「露の紫」という落語家として活動しているようだ。
 ・「めぐ」そのものは車で回っているだけで、道中に意義を見出しているわけではない。
 ・複数支店の行員や支店長が動員されており、りそな銀行本体(奈良地域)がバックアップしている。
 ・東生駒支店での活動開始が08:20。森下氏いわく「入金は08:45からでないとできないので、事前に通帳を用意しておいた」。入金の開始時間はそんなに遅かったかしら。もっとも、まさか口座の新規開設から始めるわけにもいかず、通帳は事前に用意しておくしかないが。
 ・各支店めぐりでは、女性MCがATMを操作している映像は全く使われない。というより、店内では一切撮影していないようだ。
 ・通帳の「日付」にモザイクを入れていたがなぜだろう。
 ・通帳の「摘要」欄の記帳に「預金機」とあり、通帳を直接ATMに挿入して入金している。
 ・「街ネタ」(お店情報)は登美ヶ丘出張所(フィットネスジム)、新奈良営業部(立ち飲み居酒屋)、西やまと支店(ケーキ屋)、香芝支店(居酒屋)。フィットネスジムではマシンを動かし、飲食店では飲み食いする。
 ・勘定がない(したがって「めぐ」対象外の)登美ヶ丘出張所にも行っているので、どうやって制覇するのか注目していた。ATMで入金して<近鉄学園前>の表示であっさり終了。番組に出演した出張所長は、「どうして<登美ヶ丘>と出ないんですか」という質問に対して「当店は出張所になっておりまして」と答えていた。さらっと流したなー、という感じ。
 ・近鉄西大寺支店では、8月5日実施の住宅ローン相談会の告知が掲示されていたから、撮影は放送2週間前ぐらいの7月下旬〜8月上旬か。
 ・南ルートは、やまと郡山支店を出て次に向かう途中で「11時」。
 ・前半は小泉支店/新奈良営業部で終わり。大和川ほとりの公園/湖畔に柳の植わった池の公園でケータイ通話により状況総括。
 ・新奈良営業部は旧奈良支店建物で営業している。
 ・通帳印字のかすれている支店がいくつかあった。テレビ取材の前にインクの補充ぐらいはしておいて欲しいもの。
 ・「6店目にして初めてATMに並びました」とか「すいてる」とか、りそな銀行全面バックアップの番組で喋っていいのか少し疑問に思った。私はそれに類することを平気でブログに書いているが、これはもちろん「りそな非公認」だから。
 ・後編は前編と同じペース・構成で作られているが、やや冗長な印象がある。2回目の放送では多少ピッチを速めた方がよかったのでは。
 ・最終ゴールは(素直に見る限り)7〜8分の差で北ルートの勝ち。

 放送からちょうど2年が経過した2009年8月現在、りそな銀行に平城・大安寺・高田の各支店はなく、学研木津川台支店も10月の統合が発表されました。りそな銀から「支店長」はなくなり、「くらしの通帳」も貯蓄預金切り離しに伴いデザインが変わり、ついでに番組「Kパラ」そのものもなくなっています(後継番組はあり)。時間の経過というのは本当に速く確実で、残酷なものだと思います。
 私ももっと頑張らなくては。ほなさいなら。

 【注】当ブログ2006.05.24掲載「2006.01.12(木)(41)20:45、予定の15店を完全制覇」。
posted by 為栗 裕雅 at 14:58| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月11日

キャッシュカードが鬼籍に

 10年あまり使い続けたりそな銀行のキャッシュカードが、昨日ついに鬼籍に入りました。
 りそな発足直後に切り替えた旧あさひ店舗の2wayカードで、今はなきジブリ柄(黄色)です(口座番号等は加工して消してあります)。表面は擦れて柄がかろうじて見えるだけとなり、割れたところは裏にセロハンテープを貼って使っていたのでした。
 ここからさらにいつまで使えるか、試してみようかという気もあったのですが、予期せぬトラブルに遭遇することも考えてやめておきました。これだけ磁気テープが露出した状態で、よく使えていたと思います。
 私は「めぐラー」として1日10取引を超えるようなこともザラだったわけですが、それでも10年使えたというのは、キャッシュカードは意外に頑丈だ、ということですね。
 これまでに「めぐ記」をずいぶん発表しましたが、りそな銀行についてはほとんど全部このカードで「めぐ」を行いました。長い間ご苦労様でした。合掌。

りそなキャッシュカード.jpg

 追記。口座番号等のエンボス部分は、地色がほぼ無傷で残っていました。文字の突起は銀色の塗料が擦れて表面だけ白くなっていましたが。
posted by 為栗 裕雅 at 13:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月20日

「もったいない」十八銀行

 通帳に記帳していない取引がたまったので、十八銀行(本店長崎市)の東京支店に記帳に行ってきました。東京支店は、東京駅八重洲口にあるビルの6階に入居しています。同じビルの12階には大分銀行の東京支店もあります。
 閑話休題。十八銀行は、ATMを使う度にもったいないと感じます。というのも、この銀行は取引を扱った店名が、漢字でレシートに印字されるからです。

20151020_18thReceipt.jpg

一方で、通帳に記帳される情報は、極めてシンプル。「めぐラー」としては、取扱店名が「通帳に」記帳されるようになれば、十八銀で「めぐ」が楽しめるのに、と思うわけです。店名が印字された感熱紙のレシートを収集しても、面白くはありません。

20151020_18th+RB.jpg

 「めぐ」の大御所(笑)りそな銀行の通帳を一緒に並べてみました。十八銀行のそれと比較すると、よく似ています。項目名とその並び方はまったく一緒ですし、印字欄の寸法もほとんど同じ。
 「お支払金額」「お預り金額」の欄は、どちらか一つが絶対に空欄になるのですから、そこに<東京><トウキヨウ>等の文字列を入れることは、不可能ではないように思います。その上、レシートでは店番号も印字されており、取扱店の表示が重複しています。
 一方で、十八銀の通帳には「日付」「取引種類」「取引金額」「残高」しか表示されておりません。ぜひ「取扱店」の情報を入れてほしい。そして、どうせやるなら店番号ではなく漢字で。

 十八銀の「めぐ」を行うと、長崎県の各地に行くことになります。東京で生活していると、壱岐や対馬、五島列島に行く機会なんてまずありませんが、そうしたところに行く用事ができる。県本土でも、長崎・佐世保はもとより、平戸、松浦、島原、大村、諫早…。地名を見ているだけで旅情をかきたてられます。
 ちなみに、小生は現時点で、東京支店のほか、本店営業部と北九州・久留米・熊本の各支店を“制覇”していたと思います。レシートも取ってあるハズですが、面倒臭いので探していません。通帳なら手許にあるのですが。ああ、取扱店名が通帳に記帳されていれば。

 なお、これは蛇足になりますが、十八銀行さんにはATMでの「振替」(預金Aから預金Bへの現金を伴わない資金移動)ができるよう、本件とあわせてご検討いただけると嬉しいな、と思います。
posted by 為栗 裕雅 at 10:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

第四銀行の全店制覇を達成

 ツイッターでご報告したとおり https://twitter.com/shiteguri/status/807114469318868992 、2016年12月9日15時38分、第四銀行の全店制覇を達成しました。
 最後の制覇となったのは、津川支店(新潟県東蒲原郡阿賀町)でした。国道49号線を東に10kmも進むと福島県に入るという、山間の町にある支店です。
 なぜ津川が最後になったかというと、2016年中に第四銀めぐりをいったん完成させることにし、未制覇だった31か所を一気に車で回ったためです。31か所は大半が新潟市とその周辺でしたが、津川支店だけ際立って離れた場所にありましたので、第四銀めぐりの締めくくりとしてふさわしいと思われました。では、津川だけなぜ最後まで残ったかといいますと、福島県と新潟県とを結ぶJR磐越西線を、津川のような途中の駅で降りる機会がなかったため。一度模索したことはありましたが、支店は駅から川の対岸にあり、1.5kmほど離れているため、寄り道するには時間がかかり過ぎるとして諦めたのでした。

 これを機会に、私の「第四めぐ」を振り返ります。
 第四銀行で取引をして通帳に店名を記載した第1号は、2001年10月24日の横浜支店でした。当時横浜支店は路面店舗で、ATMも配備されており、取引をした結果は<ヨコハマ>と半角カタカナで記帳されております。当時はまだ、漢字で店名が記帳されるあさひ銀行(現りそな・埼玉りそな銀行)の制覇に注力しており、半角カタカナには魅力を感じなかったため、この時期の店名記帳は横浜支店ただ1つにとどまっております。
 第四銀の「めぐ」を初めて意識したのは、2003年4月22日の池袋支店でした。ATMで記帳した場合は店名が半角カタカナだが、窓口で記帳してもらった場合は漢字表記になる、という情報を得たため、自宅から一番近い店舗に行ってみたのです。この時が実質的に現状スタイルでの初制覇ということになります。以後、この年は大阪・富山・名古屋・会津(会津若松市)・札幌と、県外店舗の制覇が続きます。
 新潟県内店舗の制覇第1号は、2004年9月10日、小千谷市の東小千谷支店です。この日は同市と長岡市の計6店を制覇していますが、なぜ小千谷市が第1号になったか、自分でもさっぱりわかりません。2005年3月には、当ブログにも掲載されている上越線から佐渡島方面に至る34店の「めぐ」を実施 http://megu-shiteguri.seesaa.net/category/5644496-1.html 。翌月の2005年4月には新潟県北部へ出向き8店制覇、2006年8月には松之山代理店(十日町市)の統合にともない十日町から新井(妙高市)に至る12店を制覇しましたが、そのあと2007〜2009年の3年間は制覇がパッタリと止まりました。
 第四銀のATMは、2009年頃から現行の「AK-1」が導入され、この型のATMで通帳記帳を行った場合、窓口で記帳を依頼しなくても店名が漢字で印字されるようになりました。これをきっかけに、2010年2月の上越市方面から制覇を再開し、2011年11月には本町北支店(新潟市中央区)の統合にともない新潟市内を回りましたが、2012・13年は休止。以後、2014年は9月、2015年は2月、2016年は4月と、休止した年を除き年1回ほどのペースで新潟県内での「めぐ」を実施してきました。
 このままいくと全店制覇は東京オリンピックの頃あたりになりそうでしたが、心境の変化から2016年でいったん完成させることにしたため、今回最後まで残った31店を一気に攻めたわけです。レンタカーで一気に回るのは、効率的な半面、個々の店に対しての印象がどうしても薄くなりますから、できればローカル鉄道やローカル路線バスの旅をしながら、時間をかけてゆっくり制覇したかったのです(だから津川も最後まで残していたのでした)。しかし、池袋支店で初めて「めぐ」を意識してから13年が経過し、さすがに時間の掛け過ぎだとも考えました。

 最後に、百聞は一見に如かずで、2日間全32店の制覇の証拠をご覧に入れましょう。東京から夜行バスで新潟駅に着きましたので、新潟駅前にある制覇済みの支店(南新潟支店)を含めて32店です。9日の分は記帳してくるのを忘れましたので、インターネットバンキングのスクリーンショットをお見せします(クリックで拡大)。

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posted by 為栗 裕雅 at 12:12| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

第四銀「完全」制覇(ではないか)

 暮れも押し迫った12月26〜27日、新潟県に出張し、懸案だった第四銀行長岡新産センター支店を制覇してきました。情報提供いただいたとおり、通帳には漢字で店名が印字されました(画像上)。
 この支店、店名の通帳印字が漢字になるのは入金の時のみで、出金時には半角カナになるという、変則的な扱いになっております。漢字になるかカタカナになるかは字数の関係だと思いますが、紙の通帳とインターネットバンキングとで表示が逆(後者は出金の時に漢字)となっているのは面白いと思いました(画像下)。個人の感想ですが、第四の隣にある北越銀行の支店は名称を「長岡新産支店」といいますので、第四も「センター」を外してしまってはどうか、と思います。
 タイトルはなんだか自信喪失した感じですが、「完全」という単語は安易に使わない方がいいと考えております。一応、今回で漏れはなくなったハズですが。

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posted by 為栗 裕雅 at 18:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

大火5日後の糸魚川市を訪問

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 新潟県糸魚川(いといがわ)市は、年の瀬の2016年12月22日、約150棟を焼く大規模火災により、町の中心部が大きく壊滅しました。被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。
 私はもともと26日に新潟県を訪れる計画があり、27日は福島県の会津に回ってラーメンを食べてこようと思っていたのですが、急きょ予定を変更し、大火5日後の糸魚川市の様子を取材してくることにしました。どこかの野党党首とは違いまして、自分の休日を使い、しかも費用はすべて自腹であります。以下はその際の知見によって書かれたものです。


【写真はクリックで拡大表示されます(上の1枚を除く)

itoi-1.jpg 12月27日(火)、えちごトキめき鉄道の泊行き普通列車、直江津08:08発で糸魚川へ。直江津駅近くの旅館を出た時は小雨がパラつく程度だったが、列車の進行とともに雨脚が強さを増した。
 08:50糸魚川着。北陸新幹線の開業によりきれいに整備された糸魚川駅を、北側に出る。駅前広場の右にすぐ建っているのは、「ヒスイ王国館」といい、今回の大火で金融機関が臨時窓口を設けていた建物【右写真】。土産物屋や貸会議室などを備えた施設で、経営している株式会社は市の第三セクターと思われる。
 ヒスイ王国館を横目で見ながら、第四銀行糸魚川支店を目指す。前回訪れた際の目的地が第四銀の支店であったこと、今回も第四銀を中心に金融機関を見てくることが主目的であることが理由である。

 駅前の大通り(県道154号糸魚川停車場線)を北に向かい、最初の大きな交差点「大町」で左折すると、金融機関が並ぶ糸魚川市の中心街である。大町交差点に向かう途中の小さい路地に、通行止になっているところがあり、被害の大きさが案じられた。右前方に、大光銀行の糸魚川支店が見える。大光銀は今回被災していない。大町の交差点(丁字路)は、その手前にある。
itoi-2.jpg 左折すると、途端に、数十メートル先で建物が全部なくなっているのに気付く。「きれいさっぱり」ではない。黒焦げになったがれきが崩れたままの状態でところどころ山になっている。これでも、道路上のがれきなどは片付けられているのだろう。
 焼失区域の中に第四銀行と北越銀行の糸魚川支店があり、鎮火後にこの2つのビルだけ形を残しているのは、新聞報道などで写真(共同通信社配信)を見て知っていた。まず先に、前方左に見えるのが北越銀行【左写真左】。形を残していると言ってもこの状態である。北側半分の窓がすべてベニヤ板で覆われているから、ガラスが溶けたり割れたりしたのだろう。2014年9月撮影のグーグルストリートビュー【左写真右】を見ると、手前の道路と北越銀との間には、旧商店と旅館があったようだ。大火後の写真は、ストビューでいうと画面の左下、歩道の色が変わっているあたりで撮ったものである。
itoi-4.jpg 北越銀【左写真】の店内に入ってみた。店の前面は白い鉄板で覆われており、その前で行員が案内がてら箒で掃除をしている。おはようございます、こちらから入れますので、という声に従い、細い入口から中に入る。この出入口は、本来なら午後3時の閉店後に客が中から出るためのものだろう。窓口室はとりあえず焼けてはおらず、いちおう通常の形で営業しているようだった。しかし焦げ臭いにおいが充満しているし、気のせいか照明も少し暗いと感じられる。ATMは窓口室で1台だけ稼働している。これはもともと窓口室に置かれていた分だろう。大火後、北越銀行は糸魚川支店のATM稼働時間を窓口と同じ15時までとしているし、キャッシュコーナーの部分は鉄板で覆われているから、おそらくキャッシュコーナーが焼けたのだろう。
 大火前、店先には木製の雁木(がんぎ:今でいうアーケード)が付いていた。このあたりは明治時代の名残を残す古い町並みで、大町の交差点から始まるこの道にも「雁木通り」という通称名がある。鉄筋コンクリート造りの北越銀も、お付き合いで店先に雁木を設置したのだろう。この雁木に火が回ったと思われる。
itoi-3.jpg なお、北越銀の反対側は【右写真】のような状態。右(西)側の壁面が焦げていないのは、駐車場への通路に面していたため。

itoi-5.jpg 第四銀行の糸魚川支店は、北越銀の50mほど先にある【左写真左】。こちらも、窓にブルーシートを張ったりガラスをテープで補修したりと痛々しい状況。ただ、キャッシュコーナーは通常通り稼働しているし、北越銀よりは被害程度が軽そうに見える。第四銀の店頭に木製の雁木がなかったことが、被害の軽重を分けたのかもしれない。
 第四銀の店先に出ている看板【左写真右】。今回の大火は「糸魚川市駅北大火」という名前になったらしい。金融機関は、自ら被災しながらも被災者に対する支援を行うという社会的役割を担っているのだな、と感じた(右の看板に似たものは北越銀の店頭にもあった)。なお、糸魚川市の指定金融機関は第四銀行と北越銀行で2年ごとにローテーションしており、現在(2016年8月以降)は第四銀が担当している。
itoi-6.jpg 第四銀の隣は、江戸時代から400年近く続いたという造り酒屋だった【左写真】。加賀の井酒造という名称は、加賀藩が参勤交代の際ここに本陣を置いたことに由来するという。新潟県最古の酒蔵で、創業当時の記録など諸々の古文書も保存していたが、焼失したとみられる。第四銀が受けた影響は、隣接する造り酒屋が燃えたことが全てのようだ。報道された写真(朝日新聞社配信)で、外壁が黒焦げになっているのは、造り酒屋の本館建物があったところの北側である。前面半分の壁がきれいなのは、そこが酒蔵の庭だったことと、南から強い風が吹いていたためだろう。
itoi-7.jpg 先日ツイッターに出した、2010年当時の糸魚川支店の写真【右写真左】。バスの待合所のように見えたのは、隣の造り酒屋の店先に作られた雁木の部分だったが、前の写真のように焼失した。ストビューの写真で、木製の柱の背後に写っている文化財の説明看板が、そのまま残っている(文面【右写真右】)。
 このブログは銀行めぐりのブログであるので、第四銀糸魚川支店の“制覇”の記録を出しておこう。機械の配置は両替機+ATM4台。市の中心にある支店としては平均的な台数であった。制覇は09:10頃のことであった。第四銀のATMレシートには取引の時刻が印字されていないので、大まかな時刻しかわからない。

itoi-8.jpg 第四のさらに向こうを見ると、雁木通りの北側では京屋という和菓子店が西の限界である。店の東側は第四銀の第二駐車場であり、京屋はそのおかげで延焼を免れた【右写真】。雁木通りの南側では、京屋の10mほど東側、糸魚川信用組合の本町支店が大火の西限である。信組も被災はしたが、外見上は壁が焼けた程度に留まり、ATMと窓口は普通に営業している。さすが金融機関の建物は火に強いようだが、それでも被害が最も大きかった北越銀行を見ると「ある程度」でしかないようだ。なお、ここから雁木通りをさらに西へ行くと、富山第一銀行が糸魚川支店を出しているが、そこまで行ったことはないし、今回も行かなかった。
 とにかく、火が襲ったエリアはどこもかしこも真っ黒焦げ。「焦土」とはこういう状態をいうのだろうか、と思った。他所者・部外者の私が来てそう感じるぐらいである。この町で生まれ育ち、人生の記憶の大半がこの町にある地元の人は、さぞかし大きな喪失を感じているのではないかと思う。もちろん、焼け出された人にとっては、人生の記憶以前に生活の基盤まで喪失したわけである。
 そして、それをあざ笑うかのような土砂降りの雨。今日ではなく、あの火事の日に、このぐらい降ってくれればよかったのに。大火が起きた日のフェーン現象が尋常でなかったのは、東京にいてもよくわかった。あの日、東京は強い雨。かなりの暴風が吹き荒れ、気温も12月下旬にして摂氏20度まで上がったのである。その裏で、日本海側では乾いた強風が吹きまくった。よりによってこのタイミングで、火元となったラーメン店の店主は鍋を空焚きにしてしまったわけである。偶然の一語で済ませるにはあまりに重い不幸であると感じた。
posted by 為栗 裕雅 at 14:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

さらば第四銀行

 第四銀行は2017年1月4日から勘定系システムを刷新し、その結果、これまでこよなく愛した取扱店名の漢字による通帳記入が廃止となりました。
 私は「通帳に文字で取扱店名が出る」という一点をもって、その銀行を偏愛し「めぐ」を実施しておりますので、それがなくなった以上、第四銀行ともお別れすることになります。口座を解約するわけではありませんが、これまでのように愛着をもって取引することはできなくなりました。
 そこで、これまで愛した証として、「締めくくりの記」のようなものを草し、過去帳入りした「第四銀めぐ」を偲ぶことにしたいと思います。

 私の過去の「第四銀めぐ」の経緯については、昨年12月に発表した記事「第四銀行の全店制覇を達成」で触れておりますので繰り返しませんが、10年以上にわたってちびちびと第四銀の店舗を巡ってきたわけです。制覇の記録はこちらをご参照下さい。
 「第四銀めぐ」を2016年でいったん完成させようと思ったきっかけは、旧長期信用銀行のあおぞら銀行で昨年5月に実施された勘定系システム刷新でした。あおぞら銀は預金取引の取扱店が半角カナで通帳に記帳される銀行でしたが、昨年5月の改変でこれが廃止されております。事前にコールセンターに照会して「店名は漢字記帳になる」との回答を得ていましたので、未制覇のまま残っていた首都圏の店舗はシステム刷新後の楽しみに残していたのです。ところが、結果は店名記帳廃止(店番号で表示)。コールセンターの説明が嘘っぱちとは何事か、と思いますが、ともあれ同行の首都圏店舗は永遠に未制覇のままとなってしまいました。
 一方、第四銀行もシステム刷新の話が具体的になってきます。提携関係にある地方銀行グループ「翼プロジェクト」での合意に合わせ、千葉銀行・中国銀行(岡山市)とシステムを共通化するということでした。これだけなら、基本的なシステムは導入しつつも第四銀なりにカスタマイズする可能性もありますので、店名の記帳が廃止になるとは想像できなかったのですが、あおぞら銀の轍を踏まないためにも、第四銀めぐりは2016年でいったん完成させておこう、という方針を立てました。
 2016年の秋になって、システム改変に伴う告知が出ます。第四銀が2016年9月26日付で出した『第四銀行からの新システム移行に関する重要なお知らせ』というパンフレットでは、「通帳への印字内容の変更について」というページで、店名印字の廃止について一切触れておりません。第四銀は過去にシステム改変を行った際に店名印字を存続させていますので、これは特段変更がないという意味かと楽観的に構えていました。
 そこへ「新通帳のフォーマットが千葉銀行と同じ」という指摘をいただきます。ここで初めて、少し嫌な予感がしました。千葉銀は店名の印字などありませんので、通帳のフォーマットを千葉銀に揃えるということは、印字の様式なども千葉銀に合わせるということなのか。心ははやりますが、この時期は手の離せない仕事を抱えていて、第四銀めぐりを行うことはできませんでした。
 ようやく日程に余裕ができたのが、12月に入ってから。12月9日15時38分に津川支店で全店制覇を達成したのは、先述の記事で書いたとおりです。五泉市から津川に向かう国道49号線はところどころで雪化粧しており、また10日から本格的な雪になるとの予報でしたので、雪道の運転経験が乏しい私としては、1日でもズレたら危ないところでした。

 全店制覇の報告に対して、新たな情報が寄せられます。私が2005年に半角カナでの制覇を済ませていた、長岡新産センター支店についても、通帳の様式によっては全角漢字で店名記帳がなされるというのです。上述の事情から年内に制覇を済ませないといけませんが、年の瀬も押し迫った12月26日まで日程が取れませんでした。過去の「めぐ」で印象の薄かったところを併せて再訪することにし、青春18きっぷを利用して移動するプランを立てて準備していたところ、そこに襲い掛かったのが、糸魚川市中心部の大火です。27日は「ラーメン二郎」の会津若松駅前店へ行こうと思っていたのですが、予定を変更して大火直後の糸魚川市を見てくることにしました。この、12月26〜27日のハシゴが、結果的に最後の「第四銀めぐ」となりました。最後の“制覇”(店名が記帳される取引という意味で)は、大火5日後の糸魚川支店でした。このあたりについては、当ブログ2016年12月30日掲載「大火5日後の糸魚川市を訪問」をご参照下さい。
 そして迎えた2017年。1月4日の『為栗ニュース』記事「第四銀、通帳への取扱店名記帳を廃止」もご参照下さい。システム改変後の状況は、首都圏で唯一ATMを配備している大宮支店で見てくることにしていました。昼近くに大宮に着き、まずはATMで“制覇”と同じ取引を。レシートに取引時刻が印字されるようになったのは進歩でしたが、通帳記入をかけて全てが終わりました。出てきた通帳は、「大宮支店」と書かれているべき場所に「AD」「CD」の短い英字略号しか印字されていなかったのです。これを見た時、私は「第四銀めぐ」という一つの時代が終わったのを感じました。

 第四銀行めぐりを行う過程でお世話になった、関係者と同好の士の皆様に、改めて感謝申し上げます。そして、さようなら、私が愛した第四銀行。「第四銀めぐ」の冥福を祈ります。

Omiya.jpg
posted by 為栗 裕雅 at 11:20| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 単発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ一覧(過去の連載など)
大垣共立銀 岐阜県海津市+2町完全制覇(62)
単発(12)
告知板(24)
銀行めぐ2015冬 みちのく銀秋田県全店制覇(29)
りそめぐ2013梅雨 大阪市営バス“最長”路線[93]を行く(43)
りそめぐ2011晩秋 都営バス最長路線[梅70]の旅(57)
りそめぐ2008秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる 東武伊勢崎線・野田線沿線17店舗の制覇(51)
りそめぐ2009初秋 りそな銀千葉県内12店舗完全制覇(35)
りそめぐ2008夏 りそな銀東京都世田谷区4店舗完全制覇(8)
りそめぐ2008春 埼玉高速鉄道で帰省してみた(18)
りそめぐ2008秋 太平洋は青かった 茨城→北海道750km大移動/銀行めぐ2008秋 札幌市内4行4店舗完全制覇(20)
りそめぐ2008初秋 湘南セプテンバーストーリー(11)
りそめぐ2008冬 銀河に乗って知事選たけなわの大阪府へ(47)
りそめぐ2008夏 「近畿大阪めぐ」スタート記念 片町線・京阪線沿線25店完全制覇(51)
りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿(60)
りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える(12)
りそめぐ2007秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる(35)
2007年7月 りそな関西地区支店昇格5店完全制覇+α(43)
あさめぐ・最後の爆走 西日本地区15店+1店完全制覇(34)
2006年1月 りそめぐ「旧奈良銀店舗全店制覇」(53)
第四銀行めぐ 2005年(41)